第十二章 階層構造の歴史→唯一の歴史

階層構造の歴史は、相対的歴史観であり、振り子運動的歴史観であり、『歴史は繰り返す』歴史観に他ならないのです。
では、
絶対的歴史観であり、円回帰運動的歴史観であり、相対的歴史観、すなわち、二元論的歴史観から、絶対的歴史観、すなわち、三元論的歴史観に円回帰する歴史観は、一体どのように表現したらいいのでしょうか?
まさに、
唯一の歴史観と言うべきでしょう。
言い換えれば、
すべては偶然の所産であるのが、歴史の本質に他ならない。
従而、
“愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ”と云ったドイツの宰相ビスマルクは、歴史の本質をわかっていなかった。
だから、
その後のドイツにヒットラーのような人物が誕生したのです。
現に、
ドイツという国に嘗てヒットラーのような人物(英雄)が輩出したことはなく、歴史は決して繰り返しているわけではないのです。
それよりも、
ドイツという国が、第一次世界大戦に敗戦した経験を学習していたら、第二次世界大戦がドイツによって惹き起こされることはなかったのです。
まさに、
第二次世界大戦(太平洋戦争)でドイツと共に敗戦した日本も、繰り返す歴史(神功皇后による三韓征伐や秀吉の文禄・慶長の役)に学ばず、日露・日清戦争の実体の経験に学べば、人類初の被爆国にならずに済んだはずです。
結局の処、
「歴史は繰り返す」歴史観は、歴史に学ぶ歴史観であり、階層構造の相対歴史観であり、学習能力の無い歴史観に他ならないのです。
一方、
「歴史は偶然である」歴史観は、経験に学ぶ歴史観であり、唯一の絶対歴史観であり、学習能力の有る歴史観に他ならないのです。
では、
唯一絶対の歴史観とは、一体どんな代物でしょうか?
まさに、
「二十一世紀の歴史観」こそが、唯一絶対の歴史観でなければならないのです。