第十章 階層の時間

時間に階層がある。
言い換えれば、
時間は相対的である。
まさに、
アインシュタインの相対性理論に他なりません。
では、
相対性理論までは、時間は相対的とは思われていなかったのでしょうか?
まさに、
一年=365日、一日=24時間、一時間=60分、一分=60秒と、時間は絶対的だったのである。
では、
相対性理論以後は、一年=365日、一日=24時間、一時間=60分、一分=60秒といった時間は絶対的ではなかったのでしょうか?
ところが、
一年=365日、一日=24時間、一時間=60分、一分=60秒が、未だに時間の常識なのは、一体どういうわけなのでしょうか?
まさに、
時間に階層などあるとは、思っていなかった証明です。
だから、
歴史にも階層などあるとは、思っていなかったのです。
まさに、
西暦1071年〜1272年:十字軍遠征。
西暦1192年:武家政権のはじまり。
が歴史そのものだったのです。
だが、
本当の歴史は階層の歴史だったのです。
まさに、
本当の歴史とは、
『今、ここ』、すなわち、この論述を書いている西暦2015年7月26日午前3時36分において、イスラム国とアメリカが敵対同士としてテロ戦争を繰り返す結果、世界には数千万におよぶ犠牲者が発生しているが、その原点は、西暦1071年にローマ教皇ウパニス二世が決定した異教徒イスラム教徒殲滅を目的にした十字軍遠征開始に帰結するのである。
そして、
『今、ここ』、すなわち、この論述を書いている西暦2015年7月26日午前3時36分において、日本という国で、ますます、世襲・相続の既得権を行使することによって起こる格差現象の原点は、西暦1192年にそれまでの貴族(天皇)支配体制に加えて、百姓出身である武士が支配体制に加わったことに帰結するのである。
まさに、
過去・現在・未来という、物理学で云うところの時間の三本の矢の一つである心理学的時間の矢の中の単なる過去の出来事と捉えるのではなく、過去・現在・未来を長い短いという物差しの水平的時間とするなら、深い浅いという物差しの垂直時間とする『今、ここ』へ収斂するべき線的、面的、立体的歴史観こそが、階層の歴史観です。
そういう観点では、
時間を相対的に捉えるということは、階層的に捉えることに他ならず、過去・現在・未来である長い短いという物差しの水平時間にではなく、『今、ここ』である深い浅いという物差しの時間で判断しなければならないのです。