国民の国民による国民のための歴史
序文

平成11年に西尾幹二氏が中心になった「新しい歴史教科書をつくる会」が出版した「国民の歴史」という本は、120万部を超えるベストセラーになり、その後、「国民の教育」、「国民の品格」・・・と次から次へと出版される似非本の先鞭をつける程、「国民の・・・」という言葉が一種の流行語になるのを傍観しながら、当時、筆者は日本の執筆家の猿真似的発想に苦笑したものの、正直いって「国民の歴史」という表題の「国民の・・・」という言葉に引き摺られたまま、今日まで至ってしまった。
“歴史という学問は果たして国民のためにあるのだろうか?”
社会現象になるぐらい話題を呼んだ「国民の歴史」の産みの親である「新しい歴史教科書をつくる会」は、従来の学校教育での歴史教科書は間違ったことを教えていると訴えたわけで、そのときの「新しい歴史教科書をつくる会」の趣旨は以下の通りである。
・日本の戦後の歴史教育は、日本人が受けつぐべき文化と伝統を忘れ、日本人の誇りを失わせるものであった。特に近現代史では、日本人は子々孫々まで謝罪し続けることを運命づけられた罪人の如くにあつかわれている。
・冷戦終結後は自虐的傾向が強まり、現行の歴史教科書は従軍慰安婦のような旧敵国のプロパガンダを事実として記述している。
・「新しい歴史教科書をつくる会」は、世界史的視野の中で、日本国と日本人の自画像を、品格とバランスをもって活写することで、祖先の活躍に心踊らせ、失敗の歴史にも目を向け、その苦楽を追体験できる、日本人の物語を語りあえる教科書をつくる。
・そのことが、子供たちが、日本人としての自信と責任を持ち、世界の平和と繁栄に献身できるようになる。
更に、
2005年5月10日に、「新しい歴史教科書をつくる会」が外国特派員協会で開催された記者会見において『新しい歴史教科書』の近現代史の英訳版を配布するとともに、欧米のプレスとの質疑応答で次のように主張した。
・『従軍慰安婦や強制連行、南京事件を削除し、創氏改名を正当化することが正しい教科書なのか』の質問に対しては、『1996年以前の韓国の教科書にも従軍慰安婦は記述されていなかった。また2005年4月12日付の朝日新聞の記事によると、全社の教科書が従軍慰安婦を削除している。それは証拠によってサポートされていない』と回答した。ただし他の問については回答を避けた。
・扶桑社の教科書が学校で使われないのは、日本にある2大教職員組合がマルクス・レーニン主義を信奉しているため、国民との意識に大きなギャップがあるにもかかわらず、(教科書)採択に大きな影響力を持っているためである。
・『日本軍の虐殺や強制連行や南京事件を書いていない。日本は戦前に戻るのではないかと心配になる』との指摘に対しては『町村外務大臣(当時)も検定を合格した教科書の中で、戦争を美化している教科書はないと言っている』として、『歴史の事実が明らかになればそのような誤解もとける』と主張していた。
更に、
「新しい歴史教科書をつくる会」は以下のような事柄を主張した。
・近代日本を悪逆非道に描き出す「自虐史観」を克服し、次世代の子供たちに誇りある日本の歴史の真の姿を伝えるべきである。この教科書は「階級闘争史観」や「自虐史観」の拘束から自由になり、世界史的視野のなかで日本国と日本人の自画像を品格とバランスをもって論述している。そのため面白く、通読に耐える唯一の歴史教科書である。
・「南京大虐殺30万人」と誇大記述されている中学校社会科の歴史教科書があるが、いまだにはっきりとした人数はおろか、存否も分かっておらず、論争中の問題である。義務教育が行われる学校で使用する教科書には、旧敵国のプロパガンダと疑われる事件は記述すべき内容でない。
・「従軍慰安婦」という用語は、第二次世界大戦前には使われていない。慰安婦とするために日本の国家政策として強制連行をしたと証明できる公文書は発見されていない。「強制連行」という言葉も自虐主義者による創作語にすぎない。また戦争中、慰安婦は、世界中の軍隊に存在したもので、ことさら日本を訴え続ける外国訴訟団ばかりを取り上げる教科書には偏りがある。
・中国大陸・朝鮮半島などの被支配者が善、日本のような支配者が悪、ほかにも一揆・反乱・打ちこわしなどの指導者が善で、朝廷・幕府・行政・国家などが悪のように描かれている傾向が強い。これらはまさに左翼が主張する「階級闘争史観」を引きずっている。そのため帝国主義時代の歴史がそのように単純な善悪二元論で説明できるのか疑問である。
・広島市に原子爆弾を落とされたのは「軍都」であったから仕方ないとして、「そのような過ちをくり返さないことが大切」などとアメリカなど連合国の責任は追及せず原因のすべてが日本にあるように記述されている教科書には問題がある。人類史上最悪の大虐殺の一つである。
・伊藤博文は、日本の近代化を進めた初代内閣総理大臣というよりも朝鮮半島侵略の張本人であると強調され、暗殺されても仕方がないというようにテロリスト安重根を英雄視する大韓民国に迎合し、朝鮮半島や中国大陸の観点から描かれている日本の功労者が多いのは懸念されるべきことである。
・扶桑社教科書を批判する自虐史観主義者の組織的妨害は非常に残念である。彼らの行っている批判は、歴史の真実とは無関係でもあり、韓国や中国の教科書にこそ該当するもので、お門違いの批判でもある。
・教科用図書検定基準(文部科学省告示)にある近隣諸国条項を誤解することなく、日本のマスメディアや行政は、中華人民共和国や大韓民国にもっと強い態度で歴史の真実に臨むべきである。
・東京裁判を是とする自虐史観主義から脱却し、誇るべき伝統と文化を継承してきた日本の歴史を正負両面から事実を綴った歴史教科書を作るべきである。
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彼らの主張から「国民の歴史」という表題になったわけだが、果たして、彼らの主張は我が日本国民のためになったのだろうか?
奴隷解放を実現した第十六代アメリカ大統領アブラハム・リンカーンが1861年にゲティースバーグ市で行った有名なスピーチを思い出して頂こう。
“人民の人民による人民のための政治 (Government of the people by the people and for the people shall not perish from the earth)”
まさに、「人民(国民)の人民(国民)による人民(国民)のための歴史」が本当の「国民の歴史」ではないだろうか?
そういう観点から、「国民の国民による国民のための歴史」を書いてみることにした。


平成23年10月17日 新田 論


第一章 戦争の正体 第五十一章 辛亥革命と明治維新 第百一章 普通の国へ
第二章 遡る歴史観 第五十二章 辛亥革命の中国と明治維新の日本の違い 第百二章 真の民主主義国家とは
第三章 国家の歴史から国民の歴史へ 第五十三章 中国と日本 第百三章 日本は民主主義国家ではない
第四章 戦後史最大の謎 第五十四章 日本と朝鮮半島 第百四章 文明社会の進化と退化
第五章 戦中史最大の謎 第五十五章 中国と朝鮮半島 第百五章 共和制国家(真の民主主義国家)の本質
第六章 ロボット化された日本人 第五十六章 朝鮮半島と日本列島 第百六章 現代ローマ帝国=アメリカ
第七章 原爆はどうして生まれたのか? 第五十七章 朝鮮語と日本語は兄弟語 第百七章 文明の第三の波=情報革命
第八章 なぜ太平洋戦争なのか? 第五十八章 朝鮮半島と日本列島の悲劇 第百八章 近代ローマ帝国=大英帝国
第九章 なぜ大東亜戦争なのか? 第五十九章 朝鮮半島が兄で日本列島が弟 第百九章 文明の第二の波=産業革命
第十章 日米安保の実体 第六十章 21世紀の朝鮮半島と日本列島 第百十章 中世(神聖ローマ帝国)=ドイツ帝国
第十一章 虎の尻尾を踏んだ日本 特別章 広島・長崎被爆の真の原因 第百十一章 文明社会の命運
第十二章 グラマン事件は何処に行った? 第六十一章 近代社会の意味 第百十二章 新代ローマ帝国(?)
第十三章 資本主義経済のとどめ 第六十二章 近代社会から新代社会へ 第百十三章 新しい時代の価値観
第十四章 戦後日本の歴史 第六十三章 新代社会の経済 第百十四章 差別と平等
第十五章 戦後世界の歴史 第六十四章 “利益を上げることは悪である” 第百十五章 新しい平等の概念
第十六章 国民のための歴史の意義 第六十五章 平等・公正・平和な新代社会へ 第百十六章 悪循環の人間社会
第十七章 従来の歴史は百害あって一利もない 第二特別章 戦争責任の明確化を今こそすべき! 第百十七章 差別+平等
第十八章 「国民の歴史」と「国民のための歴史」の決定的な違い 第六十六章 文明社会の実体 第百十八章 差別の真の意味
第十九章 歴史の本質は真理の中にある 第六十七章 人類から人間への進化 第百十九章 差別と平等を超えた世界
第二十章 『現代』から『今代』へ 第六十八章 知性の正体 第百二十章 新しい時代の新しい社会の新しい考え方=超理論
第二十一章 史実は『今、ここ』だけにある 第六十九章 人口増加が人間の質的低下を齎す 第百二十一章 差別主義者は必ず裁かれる
第二十二章 歴史の概念 第七十章 人類は本当に進化したのか? 第百二十二章 偽善者は偽悪者の不在概念
第二十三章 支配者の歴史 & 被支配者の歴史 第七十一章 人類の進化は人間の低下 第百二十三章 新しい時代はホンモノ志向の時代
第二十四章 支配者の政治 & 被支配者の政治 第七十二章 文明の進化と退化の分岐点 第百二十四章 ホンモノ志向の時代
第二十五章 支配者の経済 & 被支配者の経済 第七十三章 奴隷社会の誕生 第百二十五章 意識して生きる時代
第二十六章 歴史と政治/経済の関係 第七十四章 人口の増加がすべての元凶 第百二十六章 新しい時代(新代)の立体的歴史観
第二十七章 歴史と社会の関係 第七十五章 人口の適正数 第百二十七章 新・中世時代
第二十八章 歴史と個人の関係 第七十六章 文明の終焉 第百二十八章 封建制度=民主主義制度
第二十九章 歴史の基本要因 第七十七章 共産主義のルーツ 第百二十九章 民主主義国家などいまだに一つもない
第三十章 真の歴史 第七十八章 共産主義はどうして生まれたか? 第百三十章 世襲・相続こそがすべての元凶
第三十一章 新田論の歴史 第七十九章 片手落ちの歴史学 第百三十一章 世襲・相続のない社会こそ真の平等社会
第三十二章 天皇の歴史(1) 第八十章 天に唾する愚行 第百三十二章 君主制(Monarchy)の正体
第三十三章 天皇の歴史(2) 第八十一章 歴史の在り方(本来性) 第百三十三章 国家共同体(Nation State)
第三十四章 首相の歴史 第八十二章 共和制国家日本が急務 第百三十四章 個人の時代 & 組織の時代
第三十五章 憲法の歴史 第八十三章 共和制国家と立憲君主制国家と独裁国家 第百三十五章 個人の時代の真の意味
特別章 平成維新(Heisei Restoration)がやってくる 第八十四章 立憲君主制国家と専制君主制国家 第百三十六章 この世的成功とは?
第三十六章 聖徳太子の十七条憲法 第八十五章 理想的な共和制国家 第百三十七章 真に価値あるもの
第三十七章 聖徳太子の歴史 第八十六章 冷戦の結末が招いた人類の悲劇 第百三十八章 エデンの園から追放された意味
第三十八章 現代の田沼意次=小沢一郎 第八十七章 冷戦はまだ終わっていない 第百三十九章 相対性価値観+好いとこ取りの相対一元論
第三十九章 現代の徳川吉宗=小泉純一郎 第八十八章 アメリカが消滅するしかない 第百四十章 絶対性価値観+絶対三元論
第四十章 現代の坂本龍馬=前原誠司 第八十九章 第二の軸の時代 第百四十一章 貨幣制度(お金)が消滅する時代
第四十一章 明治維新の正体(1) 第九十章 アメリカとイギリスは一心同体 第百四十二章 従来の政治が消滅する時代
第四十二章 明治維新の正体(2) 特別章 昭和天皇の罪 第百四十三章 従来の経済が消滅する時代
第四十三章 明治維新の正体(3) 第九十一章 名無しの国=新しいアメリカ 第百四十四章 従来の社会が消滅する時代
第四十四章 明治維新の正体(4) 第九十二章 “新しいアメリカ”(1)
第四十五章 明治維新の正体(5) 第九十三章 “新しいアメリカ”(2)
第四十六章 伊藤博文と桂小五郎(木戸孝允) 第九十四章 “新しいアメリカ”(3):新しい平等の概念
第四十七章 西郷隆盛と大久保利通 第九十五章 “新しいアメリカ”(4):女性社会
第四十八章 維新最悪の奸物・岩倉具視 第九十六章 不完全知的社会から完全知的社会へ
第四十九章 四国は死国だった 第九十七章 完全知的社会(1):完全な知性
第五十章 三民主義の明治維新だったのか? 第九十八章 完全知的社会(2):大馬鹿=大賢者
  第九十九章 完全知的社会(3):超社会
  第百章 完全知的社会(4):どっちが正しい?


終章/u>

従来の政治が人間社会から消え去ってゆく時代が刻一刻と迫っている。
従来の経済が人間社会から消え去ってゆく時代が刻一刻と迫っている。
従来の社会が消滅する時代が刻一刻と迫っているのである。
そして、
お金が人間社会から消え去ってゆく時代が刻一刻と迫っている。
まさに、
組織の時代の終焉を示唆している。
では、
組織の時代における要件がお金であり、政治であり、経済であり、社会であるならば、個人の時代における要件とは一体何だろうか?
そこで、
この作品の序文を思い出してもらおう。
この中に個人の時代における要件のヒントが隠されているのではないだろうか。
そういう意味では、
まさに、
真理とは古今東西を超えている証だろう。

奴隷解放を実現した第十六代アメリカ大統領アブラハム・リンカーンが1861年にゲティースバーグ市で行った有名なスピーチを思い出して頂こう。
“人民の人民による人民のための政治 (Government of the people by the people and for the people shall not perish from the earth)”
まさに、「人民(国民)の人民(国民)による人民(国民)のための歴史」が本当の「国民の歴史」ではないだろうか?



平成24年5月4日 新田 論