個人(奴隷)のすすめ
はじめに

人類は猿から進化した。
現存する猿の行動形態が、わたしたち人間に酷似していることからの判断です。
しかし、
猿の社会から、わたしたち人間社会を想像することはできません。
従って、
人類が猿へ退化する可能性はないでしょう。
まさに、
進化は一方通行なのです。
では、
進化は一次直線的進化なのでしょうか?
平たく言えば、
進化は永遠の右肩上がりをするのでしょうか?
まさに、
宇宙論の究極のテーマです。
現代科学では、
宇宙は円回帰運動するのが常識です。
そうしますと、
進化も円回帰運動する。
従って、
進化の最先端にいる人類がつくり上げた文明社会も円回帰運動して、最終的には始点に終点として回帰することになるでしょう。
そうしますと、
人類の文明社会は、
古代奴隷社会→中世宗教社会→近代科学社会→現代超拝金主義社会と進化してきましたが、最終的には新しい時代の個人社会に円回帰するはずです。
そして、
近代科学社会→現代超拝金主義社会こそが、円回帰運動の折り返しに他ならないことがわかってきます。
まさに、
新しい時代の個人社会では、
“個人(奴隷)のすすめ”の所以です。

平成22年7月5日   新 田  論


第一章 奴隷は永遠に奴隷
第二章 グローバル化の時代
第三章 肩書きの要らない個人の時代
第四章 狐の時代から虎の時代へ
第五章 現代世襲制は賭け込み乗車現象
第六章 支配・被支配二層構造の世襲・相続制度の社会
第七章 世襲の正体
第八章 イデオロギーの正体
第九章 ひとり一人の人間の間の絆
第十章 好いとこ取りの相対一元論
第十一章 自信の正体
第十二章 信頼の道
第十三章 誤解されやすい新田哲学
第十四章 ボタンのかけ違いをした人類


おわりに

人類がエデンの園を追放されたのは、善悪の判断をする実を食べたからであり、エデンの園では善悪の判断は一切されないわけです。
善悪の判断をするということは、象徴的に述べられているだけで、要するに、何事も二元要因に区分けすることを云っているわけです。
つまり、
エデンの園は、一切区分けしない社会のことである。
人間社会は、何事も二元要因に区分けする社会のことである。
まさに、
人間社会だけに言葉がある所以です。
言葉こそが、何事も二元要因に区分けする手段です。
その代表として、善悪の判断をすると象徴しているわけです。
まさに、
エデンの園は一元論の世界の象徴です。
人間社会は二元論の世界の象徴です。
従って、
人類の選択は間違っていなかったのです。
なぜならば、
一元論の世界が進化して二元論の世界になるからです。
そして、
二元論の世界に生きるわたしたち人間が目差すべきなのは三元論の世界です。
ところが、
人類は二元論の世界の入り口で決定的な間違いを冒してしまった。
まさに、
ボタンのかけ違いをしてしまったのです。
まさに、
新田哲学の一番言いたい点はここにあるのです。

平成22年7月26日   新 田  論