気前よくなれ!粋な老人

(その一) まだ人生は二回ある (その二十六) 考える力がなくなった大人
(その二) 欲ボケ老人 (その二十七) 男が弱くなった原因
(その三) 三途の川の渡し船 (その二十八) 今年から来年に起きること
(その四) 体は衰えない (その二十九) 日本丸沈没
(その五) 老人の青春(が何だ!) (その三十) 狐と狸の馬鹿試合
(その六) 躁鬱のリズム (その三十一) 世界一低劣な日本のテレビ番組
(その七) 楽しみの本質 (その三十二) 日々頽廃する我が国民
(その八) 年寄りほど性欲が強くなる (その三十三) 反芻心理
(その九) お金が紙くずになる! (その三十四) 人間その小宇宙
(その十) 老人は何故「光陰矢のごとし」になるか (その三十五) 学校と病院は堕落した
(その十一) 旗幟鮮明にする(優柔不断を断ち切る) (その三十六) 工場としての地球
(その十二) ひっつき虫と濡れ落ち葉 (その三十七) 日本の切り札はお年寄り
(その十三) 出せば入って来る (その三十八) 女性のお年寄り
(その十四) 人生は博打を続けること (その三十九) 昆虫女・日本ギャル
(その十五) 生まれ変わりなどない (その四十) 昆虫女その二
(その十六) 日本の男と女 (その四十一) 黄金虫(こがねむし)は金持ちだ
(その十七) 老人の美 (その四十二) この混乱期に
(その十八) 十八番(お箱)を持つ (その四十三) 本を読むこと/本を書くこと
(その十九) 趣味と天職 (その四十四) 生きる実感
(その二十) 十人十色・七人一色 (その四十五) 死との見合い−1
(その二十一) あるがままに生きる (その四十六) 死との見合い−2
(その二十二) エゴイズムの原点 (その四十七) 粋とは老人のためのもの
(その二十三) 感動するということ (その四十八) リストラはまず役員幹部から
(その二十四) 喝采 (その四十九) 人間はすべて人気がある
(その二十五) お金の使い方 (その五十) 気前よくなれ!
  「気前よくなれ!粋な老人」−終わり−


はじめに

作曲家の中村泰士さんから、本を一冊書いて欲しいと言われました。
「わたしにゴーストライターになってくれとおっしゃるのですか?」
そう言いますと、さすがはレコード大賞を二度受賞された方の視点は違う。
「名の売れた人間が、本職以外の才能を持っていた場合、名が却ってその才能を開花する邪魔をする。だから自分の名前は使わない方がいい。
 だから君には不本意かも知れないが、僕の日本の老人に対する想いを伝えれる、売れる本を書いて欲しい」
わたしは「売れる本」にひっかかりました。
しかし、大衆の心を熟知されている方の発想は違う。
「売れる本こそ、多くの人に楽しみを与えることができるんだ。多くの老人が、今なにを支えにして生きていったらいいのか分からずに彷徨っているのが、今の日本の、泥沼に入ったまま抜け出せない原因だよ。だから多くの老人の方々に買ってもらえる本を書くんだよ。何も君の本意に合わないことはないと思う」
同氏は、わたしの作品をすべて読んでおられます。
そして一番鋭い論評をされ、わたしにとっては貴重なる批評家です。
それぞれの作品の、わたしの意図を最も深く洞察され、喝破されている方でもあります。
「イメージはわかりました。それじゃ書いてみます」と返事をしましたら、幼い表情で微笑ながら、「ありがとう」と言って頂きました。
それまで、感性の面で尊敬していた方でしたが、知性の面でも尊敬できる方になりました。
そして朝の三時過ぎ、このまえがきを書いています。
「執筆中の作品が六つもある中で、またひとつ増えた。しかも感性と知性をフルに働かせて書かなければならない、これからは二時起きだなあ」
そう思うと、身震いがします。しかし、武者震いでもあります。

平成十四年四月四日     新 田   論


終わりに

タイトルに「気前よくなれ!粋な老人」と最初に決めはしましたが、一体どんな内容になるやら、想像もつきませんでした。
ただ、作曲家の中村泰士さんから、今のお年寄りが元気になる本を書いて欲しいと言われ、何となくイメージが湧いたので、お受けしたのです。
最初の内は、結構面白おかしく書いていたのですが、途中で、「人間その小宇宙」などと、大上段に構えるような題になってきて、何かまた、こむづかしい内容に変わってきたなあと感じだし、少し軌道修正が必要だと思った時もありました。
しかし、一旦書いたものは断じて変えないのが、わたしのやり方でして、書いたものは、自分が書いたものではなく、インスピレーションとして与えられたものですので、大切にしなければならないと考えているからです。
自分の中のインスピレーションが、何かを言いたいんだなと実は思っていたのです。
毎朝執筆をしていますと、その中で、「次は、こういう作品を書くんだ!題名はこうだ!」とインスピレーションがわたしに命令をしてくることがよくあるのです。
昨日の朝、命令を受けた次の作品が「時間が神そのもの」をテーマにした久々の哲学書で、タイトルが、「神はすぐ傍」というのです。
「また変わった題名だな!」と思っていますと、「気前よくなれ!粋な老人」はもうこの辺りでいいだろうと言われまして、昨日朝の執筆分「(その四十九)人間はすべて人気がある」と「(その五十)気前よくなれ!」を急遽書きあげて終了したわけです。
「神の自叙伝」以来、哲学的・形而上学的志向の作品は、「鬼神(十部作)」のようなフィクションの中でしか表現出来ないだろうと思っておりましたので、正直申し上げて、またこういった作品が書けることが出来る驚きと共に歓びでもありました。
そして今、この(終わりに)をポーランドのクラクフという古都のフォーラムホテルで夜に、書いております。
この町は第二次世界大戦の時、ポーランドに侵略したナチス・ドイツ軍の指令部があった所で、ワルシャワのような大破壊を免れた都市です。
しかし、ここから、約一時間ほど西に行った所にオシフィエンチムという町がありまして、呪われた町に、その代替として生まれ変わりました。
映画「シンドラーのリスト」の舞台になった町であります。
ベルリンのブランデンブルグ門の近くの旧西側のところにHiroshimaーStraβeという小さな通りがあります。
「何故この名前がつけられたのか」と、付き人として同行してくれているドイツ人に質問しました。
勿論返って来た答えは解っていましたが。
「ナチス・ドイツのヒットラーは日本を同盟国と言いながら、黄色人種の日本人に人種偏見を持っていたではないか」とわたしは猛烈に反論いたしましたら、その人間に突然、ベルリンから車で一日かけてクラクフまで行きましょうと一昨日言われ、ベルリンでの主たる仕事は二十三日なので、「まあいいか!」と言って、彼の運転で、昨日十時間のドライブをしてクラクフにやって来たのです。そして今日、そのオシフィエンチムの町に案内されたのです。
町に入りますと、雰囲気が重苦しくて、何とも言い難いほど息が詰まりそうになるのです。
この町こそナチス・ドイツが犯した、人類の罪とも言うべきホロコーストの町アウシュヴィッツだったのです。
「どうですか、確かに殺されたのはユダヤ人が多かったのですが、ポーランド人、ロシア人、フランス人、ハンガリー人、チェコ人、オランダ人、ベルギー人・・・みんなここで虐殺されたのです。イギリス人とアメリカ人以外の国の人間が対象になっています。これを見られても、ヒットラーが単なるRacist(人種偏見者)だったと思われますか?」と逆に質問されました。
わたしは、黙ってしまいました。
そして、オシフィエンチムからクラクフに帰って来て今、「気前よくなれ!粋な老人」の(終わりに)を書いているのですが、今でも、あの衝撃は脳裏から離れず、せっかくの楽しい作品なのに、(終わりに)で深刻な気持ちになっているのです。
これも、インスピレーションが昨日クラクフに向かってベルリンを立つ朝に、「神はすぐ傍」を書き始めよ!とわたしに命令した意図のような気がいたします。
アウシュビッツ強制収容所の11号(死のバラック)の中にある、藁のベッド、ガス室、そして狭い部屋にぎゅう詰めにして、立ったまま身動きすら出来ないまま死なせていく立ち牢などを見ますと、ここまで残酷なことをするのか、家畜以下としか思っていない扱いを同じ人間に出来るこの罪深き動物を、もうこれ以上放置してはならないと、インスピレーションが囁いているのでしょうか。
そして、この(終わりに)を書いた後、すぐに「神はすぐ傍」を書きはじめようと思っています。
いま、わたしが思いますことは、多くの日本人の方が、海外に買い物ツアーをされているのをよく見かけますが、こういう場所にも行って歴史の真実を見て頂きたい、特にご老人と若い人たちにこの重苦しい町を見てもらいたい。そうすれば、いま自分たちは、何を考え、何をすべきか、が解って来ると思うのですが。


平成十四年五月二十一日(クラクフにて) 新 田   論