決別八日目

20世紀の後半に、経済の血液である貨幣に異変が起きた。
循環器官である金融システムを支えてきた血液である貨幣は実貨幣でしかなかったのが、コンピュータによる計算速度の画期的アップによって仮想貨幣(バーチャルマネー)が生れた。
経済システムとは、人間の情念つまり利己的行動が働く経済メカニズムがバックボーンとしたアダム・スミスの古典経済理論に基づくものであった。
経済のメカニズムを人為的に操作することは不可能であるという前提条件で成立していたのである。
20世紀の初め、ジョン・メイナード・ケインズは、アダム・スミスが18世紀に提唱した古典経済理論に基づく自由放任経済システムでは市場は正常に機能しない、従って人為的介入が為されなければならないと主張した。
政府の介入による財政・金融政策で以って総需要を管理し、景気の調整や国際収支のバランスを取る、所謂、総需要管理政策であり、この基本政策は1985年のプラザ合意まで続けられた。
1985年のプラザ会議から、コンピユータの画期的進歩により、金融システムの機能が決済機能から商品そのものに変化し始める。
金というものは支払い手段であって、交換をする物つまり商品になり得ないものであるとする従来の観念から、金そのものが売買の商品になったのであり、その結果、政府介入による総需要管理政策を提唱するケインズ経済学では通用しない世界に突入していったのが、1985年のプラザ会議からなのである。
プラザ合意とは、世界の基軸通貨であるドルの価値を下げる、所謂ドル安を容認することで合意した国際協調G5会議のことで、世界の経済システムを根本的に覆す大きな出来事であった。
それまでの貨幣制度が崩壊したのが、1985年のプラザ会議である。
そして翌年の1986年(昭和61年)からバブル経済が発生する。
それから20年近くが経ったが、現在の世界経済は、このプラザ合意に沿って展開しているだけのことである
日本の疲弊した経済は、決して1990年2月21日の総量規制によるバブル破裂が原因ではない。
1985年9月のプラザ合意でシナリオは既に作成されていたのである。
以来、金の主機能は支払い手段ではなく、マネーゲームの商品になってしまった。
支払い手段である金に基づく借金という概念も、新しい商品としての金の概念から外れて行く。
それが不良債権の発生である。
それまでの借金は棒引き、それが不良債権の実体である。
不良債権処理問題とは、借金棒引き政策に外ならない。
貸借の清算をきっちりしなければ、金融システムという血液の循環は正常化しない。
それを未だにしていないから、日本の金融システムは死体状態を続けているわけだ。
清算をするとは、日本国民が戦後、汗水流して貯めてきた1400兆円の個人貯蓄を没収することに外ならない。
個人向け国債の発行も、また消費税のアップも、年金・健康保険負担率のアップ、すべて没収対策の一環である
われわれの貯金は、自然に減っていく運命にある。
それを防ぐ手だては、国民ひとりひとりが拝金主義思想から速やかに脱出することだ。
先ずはお年寄りと子供たちから・・・拝金思想と決別することである。