決別三十五日目

「金」万能主義的な考え方が蔓延しているわれわれの社会を抜本的に改革しなければならない。
「金」の在り方をもう一度見直してみる必要がある。
われわれにとって「金」とは一体何なのか。
死という一番恐ろしい問題から自己を守る為の保険のようなものである。
生きる上の安全を買う手段である。
安全さえ保証してもらえば、われわれは敢えて安全を買う必要はないわけで、畢竟「金」も必要ではなくなる。
生きる上の安全とは、どんなものだろうか。
人間同士の意見の違い・相克から生じる摩擦が、身の危険を感じさせるのであるから、人間同士の相克さえ無ければ、安全は保証されているのと同じだ。
人間同士の相克は、どうして起こるのか。
詰まるところ誤解の為せる業である。
誤解を生む原因はお互いの無知さ加減にある。
己を知るためには、他人(ひと)を知ることだ。
他人(ひと)を知るには、己を知ることだ。
無知とは、己も知らず、他人も知らないことである。
知識とは他者のことを知ることであり、自他を知ることではない。
自他を知ることを見識という。
見識は体験でしか修得することはできない。
すべてを失う体験をすると永遠のものを得ることができるのだ。
拝金主義から脱出するには「金」を捨て、そのあとどうなるかを体験するしかない。
みんなで「金」を捨てることだ。
先ずは日本国民が・・・「金」と決別することである。