決別三十一日目

上塗りの景気、張子の虎の景気によって息を吹き返している日本の銀行が瀕死の状態であることに変わりはない。
この問題は経営能力の問題ではなく、構造問題であることを、政府・行政・財界関係者は認識していない。
生命保険業界も同じ構造問題を抱えている。
金を商品にしてきた業界の構造問題であるのだ。
その象徴がサラ金と呼ばれる街金融の台頭である。
預金者金利が1%を割る同じ時代に、15%から20%の金利を堂々とテレビで宣伝し、そういう業者が株式市場に上場されている時代だ。
法外な金利でも借りる客がいるから、彼らは繁盛している。
金融とは経済の血管であり、そこに流れる血液が金であるのだが、この流れがいたるところで停滞している。
街金融の流す金が血栓や動脈瘤をつくっているのである。
日本の経済の循環システムは、いたる処で梗塞状態にあるわけだ。
政府・行政関係がしていることは対症療法ばかりで、金という血液が流れる金融が経済の循環器システムであった時代が終焉を迎えていることに気づいていない。
本位貨幣制度が1985年のプラザ会議で崩壊し、貨幣制度そのものがいま崩壊しようとしているのだ。
貨幣制度の崩壊という構造問題の中で、銀行問題を論議しない限り、根本解決は有り得ない。
街金融の繁栄は、実態認識の程度のバロメータであるに過ぎず、彼らの繁栄は一過性のものであることは言うまでもない。
アメリカでは街金融に取って代わっているのがクレジット会社であり、クレジット破産者が1千万人に達しようとしている。
先ずは日本国民ひとり一人から・・・貨幣(お金)と決別することである。