ヒーローはしょせん偶像

明治維新最大のヒーローは西郷隆盛ではなく、坂本龍馬である。
そして、
明治維新最大の陰のヒーローは大久保利通ではなく、陸奥宗光である。
陰のヒーローは、この世的大成功者を意味する。
江戸時代の道徳観、倫理観では、この世的成功をするためには、一種の徳が要るとされてきた。
江戸幕府の創始者である徳川家康の計略に他ならない。
延いては、太平洋戦争で敗北するまでの日本人を洗脳してきた「皇国史観」に繋がっていった。
「一億総動員」という言葉が、「皇国史観」の後についてまわった結果、一億総懺悔論が根づいてしまったのである。
その結果、
戦争にまで暴走した軍人たちの責任問題まで否定されてしまう始末。
だが、
広島、長崎に原爆が投下されたことを以って、日本人被害者論が湧きあがり、一部政府や軍の指導層にだけ責任があったとする日本人被害者論が湧きあがると、今度は大東亜戦争の戦場と化して多くの民間犠牲者を出したアジア諸国から反撥を受ける羽目に陥った。
そういった中で、東京裁判で有罪判決を受けた連中の靖国神社合祀が実施されると、アジア諸国だけでなく欧米諸国からも非難を浴びることになり現在に至っている。
歴史というものは常に支配者側によって描かれてきたもので、被支配者側によって伝えられた試しは一度もない。

歴史上のヒーローである坂本龍馬。
歴史下のヒーローである陸奥宗光。
彼らは表裏一体の一枚のコインだ。
通常は表側コインが主役で、裏側はあくまで脇役だが、表裏一体の一枚のコインの本質は二元論にあって、間違った二元論の展開をする人間社会は、表側コインを主役にし、裏側コインを脇役にしてきたが、実際は、裏側コインが主役で、表側コインが脇役であった。
まさに、
表側歴史のヒーローが坂本龍馬で、裏側歴史のヒーローが陸奥宗光であった所以に他ならず、事実、表側歴史のヒーロー坂本龍馬は若くして世を去ったのに対して、裏側歴史のヒーロー陸奥宗光が、この世的成功者として世を去ったことが証明している。
表社会のヒーローは長生きできないのが、ヒーローのヒーローたる所以であり、長生きしたいのなら、陰のヒーローになるしかない。
名誉を取るなら実利は諦めるしかない。
実利を取るなら名誉は諦めるしかない。
世界の表の歴史と裏の歴史においても同じテーマが何千年も続いてきたのだから、極東の僻地の島国が、世界の大きな歴史のうねりをもろに被った、この時代では当然の葛藤だった。
龍馬は、亀山社中を海援隊に飛躍させる折に熟慮した結果、二つの選択肢に迫られた。
名誉を取るなら実利は諦めるしかない。
実利を取るなら名誉は諦めるしかない。
普通の人間なら、ここで思考停止状態に陥る。
史実として後世に伝えられるのも、しょせん、ここまでである。
だが、龍馬は普通とは違っていた。
龍馬の性格がそうさせたのではなく、坂本の血がそうさせたのである。

「おまはん、明日から、わしになりいや!」
「かわりに、明日から、おまはんになるわ!」
龍馬は9才年下で弟のようにかわいがっていた宗光に突然言い放った。
坂本龍馬は天保6年(1835年)に生まれ、慶応3年(1867年)までの32年間生きた。
陸奥宗光は天保15年(1844年)に生まれ、明治30年(1897年)までの53年間生きた。
歴史のヒーローはしょせん偶像(映像)に過ぎなかったのである。