エントロピーの逆流

高齢化と少子化は、表裏一体の一枚のコインの二元現象に他ならない。
平たく言えば、
全世界的現象である高齢化と少子化はセットで起こり、嘗て、欧米列強と謡われた西洋先進社会現象はいまや日本からアジアへ、アジアからアフリカへと伝播している。
エイズ禍で平均寿命が30才にも満たない多くのアフリカ諸国の現象も少子化の一現象に過ぎず、こういった全世界的現象は、自然社会、延いては、宇宙全体の流れから検証すると、エネルギー保存則に反した現象であり、まさに、エントロピーが逆流している現象に他ならない。
体力と知力は反比例するのが、エネルギー保存則であり、エネルギー第二保存則であるエントロピーの法則であるが、エントロピーが逆流すると、体力と知力が正比例する。
加齢すればするほど体力も知力も落ちる。
若ければ若いほど体力も知力も上がる。
まさに、
明治維新の功労者が若者で占められていた時代がエントロピーが逆流していた証明に他ならない。

勤王の志士たちとは、せいぜい20代から30代前半の青年たちである。
そして、
勤王の志士たちの大半を輩出したのが、吉田松陰の松下村塾であり、緒方洪庵の適塾であった。
だが、
勤王の志士たちの中で際立った存在は、松下村塾でも適塾からも生まれず、一匹狼の中から生まれたのが、人間社会もしょせん自然社会の一員から逸脱することができない宿命なのだろう。
坂本龍馬も陸奥宗光もしょせん一匹狼だった。
エントロピーの逆流は一匹狼の若者を後押ししたのである。
逆に言えば、
エネルギー保存則の一つであるエントロピーの法則は、一匹狼の若者の対角線上にある組織の老体を後押しするものなのである。
江戸幕末期も御多分に洩れず組織の老体を後押した。
その結果、
安政の大獄の首謀者、井伊直弼が幕末のヒーローとして登場した。
井伊直弼の断行した安政の大獄は、松下村塾からも適塾からも犠牲者を生んだ。
橋本左内は適塾の生徒であったし、松下村塾からは吉田松陰自身が犠牲になった。
吉田松陰は井伊直弼の腹臣であった間部詮勝の暗殺を図った廉を自白したことが理由で斬首刑になったから、幕府側からすれば犯罪だが、橋本左内の場合は、後の十五代将軍徳川慶喜擁立運動に尽力したことが理由であっただけに、本心は無念の極みであったはずだ。
なぜなら、井伊の本来の標的は越前藩主松平春嶽だったが、井伊としても松平春嶽に直接手を下せなかったため、はらいせに春嶽一番のお気に入りの家来橋本左内を斬罪に処したのである。
だが、この怨念は後々に響き、桜田門の変へと引き継がれていった。
徳川慶喜の出身地である水戸家の藩士が井伊を江戸城桜田門外で血祭にあげたのである。
討幕運動はここからはじまったと言っても過言ではない。
極言すれば明治維新は安政の大獄という個人的怨念が生んだと言っても過言ではないのであり、やはりエントロピーの逆流現象の為せる業であった。