日露同祖論

1868年に起こった明治維新後の日本では日ユ同祖論が実しやかに巷間を賑わしていた。
現に、
昭和天皇の弟であり、いまなお99歳で存命中のヘブライ語が達者の三笠宮殿下は、お茶の水にあった中近東文化センター(日本猶太委員会)の会長をしていたのである。
太平洋戦争の実体を知った三笠宮殿下は昭和天皇を激しく非難したことでも有名だし、紀元節の実体のなさについても言及した。
“これは憲法にあきらかなように、すべて国民に任せるという気持ちです”
“国民が望むか望まないかの問題ですね、場合によっては、天皇制はなくなってもよい”
昭和の元号についても、昭和天皇に対して皮肉たっぷりにこう発言した。
“西暦にしたらよいですよ。元号はなにかにつけ、とても不便です。どうしても元号が必要なら、昭和をこのままA級(永久)に続ければいいのでは・・・”
まさに、
自分の兄であるはずの昭和天皇を、A級戦犯だと断じているのである。
なぜか?
実は本当の兄弟ではないからである。
昭和天皇は大正天皇の子ではなく明治天皇の子であり、三笠宮殿下の実の親である大正天皇は明治天皇の子ではなく、毒殺された陸仁親王の弟だったからである。
では、
明治天皇は、孝明天皇の皇太子である陸仁親王ではなかったのか?
まさに、
大正天皇こそ、孝明天皇と共に毒殺された陸仁親王の弟だったから、昭和天皇は不倶戴天の敵の子だったのである。
三笠宮殿下がいまなお99歳で存命中であることは、男子後継者が皇太子に誕生しない現状と相俟って、天皇制の廃止問題まで波及する可能性を秘めていることを如実に示しているのである。
そして、
その問題が具体化するのは、平成天皇が崩御した時であろうことは想像に難くないだろう。
宮内庁が、政府がどう動くかにかかっているが、政府はわれわれ国民の意思次第でどうにもなるが、宮内庁という官庁はわれわれ国民が直接手を出せないが、政府ならできるわけだから、やはり、国民の意思次第ということになる。
まさに、
三笠宮の言葉がいみじくも重みを持ってくる。
“これは憲法にあきらかなように、すべて国民に任せるという気持ちです”
“国民が望むか望まないかの問題ですね、場合によっては、天皇制はなくなってもよい”
一方、
1917年に起こった革命以前のロシアでは、露ユ同祖論が実しやかに巷間を賑わしていた。
これら二つの間に秘された日露同祖論こそ本命だったのである。