北方四島問題

国後、択捉、歯舞、色丹四島は、北方四島ではなく、北方二島が二つある千島列島の一部なのが実体だ。
現に古代以来、原日本人が住んでいるのは、歯舞島と色丹島だけで、国後島、択捉島にはロシア人しか住んでいないのである。
まさに、
諸島の意義が改めなければならない深刻さがこの点にある。
まさに、
国境線の意義が改めなければならない深刻さがこの点にある。
なぜなら、
国境線などなければ、国同士の戦争など起こりようがないことは、自然社会には境界線など一切なく、シベリアトラなのか、インドトラなのか区別など一切ない。
ところが、
明治維新以来、日本という国は『皇国史観』という幻想に惑わされ、天皇は神の子孫などという戯言を信じ込まされてきたのである。
戯言を繰り出す奴が悪いのだが、戯言を信じ込む方にも大いに責任があることは言うまでもない。
北方四島は、嘗て、カムチャッカ半島と日本列島が陸続きであったことを証明する名残なのである。
北九州と朝鮮半島が陸続きであった時期と同じように、日本列島は実は島ではなくユーラシア大陸の東の果て地であった。
北海道と本州島は別々の島ではなく陸続きの地であり、本州島と九州島も別々の島ではなく陸続きの地であり、本州島と四国島も淡路島を挟んで陸続きの地であった。
そして、
これらの極東地域を地球気候レベルで分断していたのが、寒冷針葉樹林帯と温暖広葉樹林帯であり、本州島の東海地方がその分断線なのである。
まさに、
ポツダム会議でソ連のスターリンが、日本東西分断案を出したのが、東海地方から東と西だった所以である。
まさに、
関東と関西の語源で所以である。
冷戦時代のスターリン支配下のソ連が、敵国アメリカの政府中枢部に送り込んだスパイの実体を記録したヴェノナ・ファイルでは、スターリンは広島原爆投下を、当のトルーマンアメリカ大統領よりも先に熟知していたらしい。
そして、
原爆を投下されるであろう日本が降伏する前に宣戦布告をして、ルーズベルトとのヤルタ会談での密約だった北方四島を我がものにしたのである。
まさに、
北方四島問題は、決してソ連と日本の問題ではなく、ソ連とアメリカの問題だったのである。