ホンモノの歴史家

司馬遷は、真実の歴史を語るために、漢の武帝の命令で宮刑まで甘んじて受けた。
日本の大御所作家先生は、美形の女をモノにするために、虚偽の歴史を語ってきた。
やはり、
ホンモノを目差すということは、峻烈な人生を伴うものなのである。
そして、
ニセモノを嗜好するということは、快楽の人生を伴うものなのである。
峻烈な人生か?
快楽な人生か?
その分岐点が、ホンモノとニセモノの分かれ目に他ならない。
宮刑まで甘んじて受けてでも、史実を後世に伝えようとして司馬遷。
美形の女をモノにするために、虚偽の歴史を語ってきた似非司馬遷。
美形の女をモノにするために、良心をかなぐり捨ててきた似非名の歌手の生みの親。
明治維新という欺瞞劇は、一国だけの欺瞞ではなく、支配者と被支配者という二層に区分けした人間社会全体の欺瞞劇に他ならないのであり、その欺瞞劇のシナリオを描いたのが、ニセモノの歴史家であった。
だが、
もうそんな欺瞞に満ちた明治維新劇にピリオドを打つべき瞬間(とき)がやって来たのである。
先ず嘗ての、ホンモノの歴史家の探索からはじめなければならないだろう。