義経伝説の意味

鎌倉幕府を開いて、はじめて武家政権を日本に確立したのは源頼朝であるが、腹違いの弟であった義経の存在なくして成し得なかったのは、従来の歴史観においても周知の史実である。
「判官贔屓」という四字熟語があるぐらい、その後の歴史では、九郎判官・源義経が常に善玉の英雄であって、源頼朝が常に悪玉に成り下がっていたのは、歴史の良心の呵責の所為とするなら、従来の歴史もやはり二元論が適応されていたことになるだろう。
平たく言えば、
矛盾だらけの恣意的文章で綴られている旧来の歴史にも、多少の良心はある証明とも言える。
そして、
義経ジンギス汗説は、奥羽だけの伝説に過ぎず、出羽では一切ないのが不思議である。
伝説の真の意義は、歴史からの逃避にある。
歴史は常に勝利者、すなわち、その後の支配者のために描かれるゆえ、史実から大きく歪曲される。
史実を伝えるために、口頭による伝説手法が用いられるが、まともに伝えたのでは、支配者の監視の目に掛かる。
そこで用いられたのが逆説伝説である。
まさに、
奥羽に義経伝説が多く残っているのに、出羽に一切残っていないのは、出羽に史実が残っている逆証左に他ならないのである。
そして、
その鍵を握っているのがロシア人陸奥宗光なのである。