ロシア人・陸奥宗光

世界最大の領地を誇る国は、嘗ては、ソヴィエト連邦で、日本の50倍以上を誇っていたが、ソヴィエト連邦が消滅した後、大半の領地を継承したロシアでも、依然日本の45倍を誇っていて、カナダ、アメリカ、中国を大きく引き離している。
ユーラシア大陸の東の果て、すなわち、極東地域は中国でもなく、朝鮮半島でもなく、シベリアであり、シベリアの最大の都市であるウラジオストックは、東北地方の日本海側、すなわち、出羽の国とは、目と鼻の先であり、特に、秋田県秋田市は昔から姉妹都市でもある。
秋田の街を観光すれば異様な光景に出遭う。
ロシア語を喋る外国人が圧倒的に多く、ロシア系美人と思わせるような、透き通るような白い肌の日本人女性を見かける。
秋田美人のルーツはロシア人との混血であったからだ。
陸奥宗光の妻、亮子は瀧野藩武士の金田蔀と秋田出身のロシア人との混血児との間に生まれた。
紀州出身の宗光が何故出羽の女性を伴侶にしたのか?
まさに、
紀州出身の陸奥宗光もロシア人だったからである。
金田家が没落して、亮子は当時日本随一の港だった横浜に芸妓として、いわば売られていったのである。
外人の血が混ざった日本人ほどの美形は、世界でも数少ない。
宗光の人生は、坂本龍馬との出会いでもなければ、勝海舟との出会いでもなく、金田亮子との出逢いによって決定的に運命づけられたと言っても過言ではない。
そして、
日本社会にもようやく女性が本番舞台に登場する時代がやってきたのである。
鎖国制度を200年以上続けてきた江戸幕府統治下の日本に開国の圧力をかけたのは、アメリカのペリーであったと言われているが、それから半世紀遡る頃に、ロシア人は日本に頻繁にやってきていたのである。
ロシア人は気が遠くなるほどの長期に亘る戦略で以って事に当たる。
その理由は、シベリアという大地を領土にしているからである。
シベリアという凍土の世界で生きてきたら、時間の感覚が変わる。
冬眠をする動物は、何カ月も食事を取らずに生きてゆけるには、冬眠時間の感覚でおらなければとうてい無理であるように、ロシア人は冬眠時間を体験で知っていて、充分な時間をかけて隣国日本と接してきたのに対して、アメリカ大陸という恵まれた気候の地で生きてきた白人アメリカ人であるペリーは、性急な開国を迫った結果、後世における日本との不幸な戦争をおこし、挙句の果てに、原爆投下加害者になるのである。