小賢しい日本人

大愚は大賢に通じる。
功なり名を遂げた孔子が、現代でいうホームレスのような老子に会いに行ったが、鼻にも掛けられず、帰ってきて、老子の様子を弟子から訊かれた孔子は、一言、「危険人物だ!」と答えた。
そして、
孔子が師匠になっている魯の王は、それではと老子に会いに行って、権力の無意味さを思い知らされた。
功なり名を遂げたアリストテレスが、現代でいうホームレスのようなディオゲネスに会いに行ったが、鼻にも掛けられず、帰ってきて、ディオゲネスの様子を弟子から訊かれたアリストテレスは、一言、「危険人物だ!」と答えた。
そして、
アリストテレスが師匠になっているマケドニアのアレキサンダー大王は、それではとディオゲネスに会いに行って、権力の無意味さを思い知らされた。
まさに、
大愚は大賢に通じる。
逆説的に言えば、
小賢は小愚に通じることを、地で行ったような逸話である。
日本人が器用であることは、古今東西、日沈む地の(Ereb)でも有名である。
そして、
日出る地の(Asu)でも、それまで東洋人(トムヤンレン)と、東の夷(野蛮人)と見下ろしていた中国人でさえ認めていた。
だが、
その実体は、日本人の器用さにあっただけで、小愚に通じる小賢、すなわち、小賢しさにあっただけで、決して、大賢に通じる大愚の日本人ではなかったのである。
まさに、
大東亜共栄圏構想など、しょせん器用貧乏に過ぎない日本人には不相応だったのである。
他人の短所はよく見えるが、自分の短所はまるで見えない。
日本の戦国時代にやってきて、布教活動の名の下にスパイ活動をしてきた宣教師たちが、日本人の長所と短所を簡潔に表している。
その長所として、清潔好きに通じる潔さを指摘しているが、その反面、細かさが枝葉末節な展開をし、延いては、姑息さの発露に繋がっていることを強調している。
まさに、
日本人=姑息というのが、西洋世界の日本人観なのである。
欧米列強諸国が、黄金の国ジパングを攻め落す戦略の基本戦術に、この小賢しい日本人対策がきっちりと嵌め込まれてあったのである。
そして、
明治維新政府の中で最も小賢しい人物が、政府の中心にいた岩倉具視と伊藤博文だった。