歴史上唯一の被爆国家

ソ連が日本に宣戦布告したのは、1945年8月8日である。
広島に原爆が投下された翌々日である。
その日から遡ること半年前の1945年2月4日から11日、ソ連領のクリミヤ半島の保養地ヤルタでイギリスのチャーチル首相、ソ連のスターリン書記長といっしょにルーズベルトがカメラの前に立って(座って)いた。
ここでルーズベルトは、なんとスターリンに、ドイツ降伏の3ヶ月以内に日ソ中立条約を侵犯して対日参戦するよう要請していたのである。
ルーズベルトはその見返りとして、日本の領土である千島列島、南樺太、そして、満州に日本が有する旅順港と南満州鉄道(通称満鉄)に対する権益をソ連に与えるという密約を交わした。
日本に対するアメリカの勝利をさらに確実にするためいかなる非道なことをしてでもソ連に参戦してもらいたかったのだ。
日本には認めないとあれほど言い張ってきた満洲の権益を共産主義のソ連には認めたわけで、アメリカの提唱してきた門戸開放なるものは単なるまやかしにすぎなかったことを露呈した。
ソ連はこの密約を根拠に、昭和20年8月の終戦間際、日ソ中立条約を一方的に破棄して満州、千島列島、樺太に侵攻を開始した。
そしてヤルタ会談から3ヶ月も経たない1945年4月12日、ルーズベルトは脳卒中で死亡して、ドイツが降伏した後の戦後処理と対日戦略としての会議を、ドイツの首都ベルリンの郊外にあるポツダムで開催された場所には、副大統領から昇格したハリー・トルーマンが座っていた。
爾来、
1933年から1953年までの20年間、民主党大統領が独占していたのである。
ところが、
共和党のドナルド・レーガンが大統領であった時代にソ連が崩壊すると、ヴェノナ・ファイルという機密文章が公開された。
その中に太平洋戦争勃発の真相が報告されていた。
まさに、
アメリカ大統領史上、唯一で最初で最後の4期16年の長きに亘り独裁支配してきた第三十一代大統領のフランクリン・ルーズベルトは、売国奴だったのである。
毎年12月6日のアメリカでは、“Remember Pearl Harbor Day”の記念日が、太平洋戦争終結から半世紀以上経っても行われ、“卑劣な日本を忘れるな”と合唱する。
そして揚句の果てに、
フランクリン・ルーズベルト時代の副大統領だったハリー・トルーマンが大統領を引き継いで開催したポツダム会議の最中に、人類史上はじめてにしてさいごである、最悪の悲劇を生む原爆投下がトルーマンの指示によって行われたのである。
フランクリン・ルーズベルトの売国奴的行為、のみならず、人類自体を侮蔑する行為をしたことを、トルーマンは知っていたのか、それとも知らなかったのか、あの世で天国にいるか、地獄にいるか、鳥瞰してみたいものである。