影の効用

影武者という言葉で最初に思い浮かべられるのは武田信玄だろう。
実際、武田信玄がいつどこでどのように死んだのか確証は今でも明らかにされていない。
だが武田家の秘密など天皇家から比べてみたら可愛いものだ。
日本国の正史とされている「日本書紀」は30巻にわたる巻物と一巻の系図から成っていて、天皇家の万世一系の125代系図(実際には第四十一代持統天皇までの系図)を誇るためのものに他ならない。
しかも初代神武天皇から二十代安康天皇まですべて影武者ならず影天皇に他ならず、二十一代雄略天皇からやっと実在人物が登場する始末だ。
125代一貫した系図など絶対に不可能で、現実的には10代一貫した系図なら辛うじて可能になる。
それでもその家系には1024人の先祖の名前が登場することになるが、そこで直系だけの流れだけでごまかすわけだが、その枝分かれした先祖の中には、赤の他人の先祖も含まれていることを忘れてはならない。
畢竟、
先祖など500万前まで遡ると、天皇家でもただのホームレス日本人でも、同じ先祖に突き当たるのは必定である。
まさに、
千年の都である京都ゆえ、京都には代々の名家が発生するが、十代以上を自慢する家は、必ず易姓革命が起こったことの証左となる。
平たく言えば、赤の他人に乗っ取られた結果、晴れて10代以上続く名家となる。
自慢するなら、精々、八代若しくは九代までにしておくことで、決して十代続いた家系などと自慢しないことだ。
それだけでお家騒動が起こった家系であることを世間に晒しているようなものである。
125代の万世一系を誇る天皇家なお、10回以上の易姓革命が起こっている証左に他ならない。
明治維新以後の天皇家は1868年以来だから、2014年現在で146年の歴史を誇っているが、その間に、明治天皇、大正天皇、昭和天皇そして今上天皇である平成と4代続いてきたが、この間に起こった易姓革命も多分複数回あったはずだ。
伊藤博文と陸奥宗光はこの易姓革命事件に深く関わってきたのである。
いわゆる由緒ある、すなわち、歴史の古い家系など、裏を返せば、骨肉だけでなく、争いの渦の中で生き続けてきた生きものに他ならず、地球上で哺乳類が、その中で霊長類が、更には、人類が生き延びてこられたことは、それだけ修羅場を数多く踏んできた証明に他ならない。
平たく言えば、
根性の悪い生きものの証明に他ならない。
生死二元論の好いとこ取りの相対一元論にどっぷり漬かってきたわけで、それだけ、生に執着し、死を恐れる生き方をしてきた証明に他ならず、世界史に目を向けたら先ず思い起こすのが秦の始皇帝だろう。
まさに、
影武者が表舞台の歴史では欠かすことのできない存在、という皮肉が生じているのである。