舞台裏の主人公

肺結核を患いつつ刑務所生活を経験したにも拘わらず、宗光は53歳まで生き抜いた。
伊藤博文が総理大臣の立場を利用して、宗光の刑務所生活をカバーしていたからである。
伊藤内閣における外務大臣として、日清戦争を捏造した共犯者であったからだろうか?
だが、
それは後日談のことである。
では、
なぜ伊藤がそこまでしなければならなかったか?
伊藤と陸奥は表裏一体の一枚のコインに他ならなかったからである。
東京品川御殿山にあった英国公使館襲撃事件に下端ながら伊藤が絡んで以来、伊藤と陸奥は急接近した。
伊藤の長州における立場と、陸奥の紀州における立場の共通性が、否応なしにふたりの間に磁力を働かせたのである。
そしてそこに土佐において同じ立場の男が触媒役の妙を得たのであり、その人物こそが坂本龍馬に他ならない。
だが、こんな三一(さんぴん)だけで、これほどまでの大技を発揮できるわけがない。
高杉晋作。
肺結核で死んだ男である。
この男がいたからこそ、伊藤博文のような三一が日本の総理大臣になれたのであり、最後には安重根に暗殺される憂き目に遭うのは必然であり、およそ一国の宰相の最期ではない。
国家元首が暗殺される歴史は、共和制民主主義体制が整ってからで、立憲といえども君主制において、暗殺されるのは暗君である証明に他ならない。
名君は自決と決まっているのである。
逆に言えば、
共和制国家の走りであるアメリカ合衆国の名君といわれた歴代大統領は、必ず暗殺されてきたことは、この国を事実上支配するのは決してアメリカ国民ではなかったことを証明しているのであり、その事実は真実と結晶化して現在のアメリカに至っている。
嘗ては、ジュリアス・シーザー然り、リンカーン然り、ケネディー然り、力づくには力づくで対抗される。
歴史の真の主人公は決して表舞台にその姿を現さない。
歴史で語られる話はすべて表舞台のことで、真相は隠される。
明治維新以降の日本の歴史もまた然りである。