歴史を抜き越える人物

世界史レベルで歴史を抜き越えた人物はアドルフ・ヒットラーだけであり、歴史的英雄の名は多数あり、ナポレオン・ボナパルトにしろ、ジュリアス・シーザーにしろ、しょせん、歴史の常識内の英雄に過ぎないのに対して、ヒットラーは歴史の常識を遥かに超えているゆえに、誰からも理解されなかったが、己のことはヒットラー自身が一番知っていたはずであり、更には、そんな己の心の内を理解する他者がいた。
ヒットラーのそばにはヒムラーとゲッペルスがいた。
ヒムラーは憲兵であるSS(親衛隊)とSA(突撃隊)の隊長として、ゲッペルスは宣伝相として、ヒットラーの常にそばにいたからである。
だが、
最後にはヒムラーも米英と気脈を通じる裏切りをするのに対して、宣伝相のゲッペルスは彼の家族共々ヒットラーに殉職するのである。
日本史レベルで歴史を抜き越えた人物は織田信長と西郷隆盛だけであり、織田信長のそばには信長の自決に殉死した森蘭丸と生き伸びて後世の歴史に事実を残した黒人奴隷の弥助がいたし、西郷のそばには坂本龍馬と陸奥宗光がいて、坂本龍馬は西郷隆盛を黒幕にした暗殺隊に殺されるが、陸奥宗光は最後まで生き残った。
歴史を抜き越えるかどうかの分岐点がここにある。
古今東西多くの英雄が歴史を抜き越えることに挑戦してきたが、成し遂げたのはアドルフ・ヒットラー、織田信長、西郷隆盛だけで彼らの共通点は、最後に自決していることである。
どうやらいくら歴史の英雄になれても英傑になるためには、歴史を抜き越えなければならず、最後の仕上げが自決であるのに対して、単なる歴史の英雄の結末は暗殺によるものが圧倒的に多い。
歴史の英雄像が当時の支配者たちの恣意性に大きく影響を受けているからである。
フランスのナポレオンや日本の豊臣秀吉も一見、歴史を抜き越えていたのではないかと思われ勝ちだが、彼らの最期がその証明を色褪せさせている。
最期には潔い自決ではなく、“中国は眠らせておいた方がいい、彼らが起きると世界は震憾する”や“浪速のことは夢のまた夢”などと、生に執着したからだ。
だが、
歴史はそんなヒットラーや織田信長を極悪人扱いしてきた。
だが一人、西郷隆盛だけは違っていたのは、陸奥宗光がいたからである。