歴史を抜き越える

点の歴史観では時間の概念しか介入できないゼロ次元歴史観に止まる。
鎌倉幕府成立によって武家支配の時代がはじまったのは西暦1192年。
明治維新によって武家支配の時代が終焉したのは西暦1868年。
といった歴史観である。
まさに、
時間の概念は次元要因になり得ない証明ゆえゼロ次元歴史観なのである。
従って、
線の歴史観では時間と空間、すなわち、時空の世界の事象を表現する一次元歴史観になる。
皇紀元年(西暦紀元前660年)よりはじまった日本の歴史の中で、農民出身の武士が天下を取った時代が西暦1192年から西暦1868年の676年間続いた。
といった歴史観である。
まさに狭義の意味で、
鎌倉から江戸までの空間が入ってはじめて一次元線歴史観になり得る証明である。
そして広義の意味で、
日本史全体が一次元線歴史観なのである。
従って、
面の歴史観では時間の概念に位置の観念ができる二次元歴史観になる。
日本史上では農民出身の武士が天下を取った西暦1192年ころには、世界史上ではローマ教皇ウパニス二世によって十字軍遠征が西暦1071年から1272年に行われていた。
といった歴史観である。
まさに、
世界史全体が二次元面歴史観なのである。
そうすると、
立体の歴史観では時間の概念に事象の観念ができる三次元歴史観になる。
世界史といった人類の文明社会の歴史は、しょせん、12000年程度の時系列記述に過ぎないが、人類の祖先の歴史となると50万年前の原人の歴史まで遡らなければならない。
地球の歴史となれば46億年の歴史まで遡らなければならない。
太陽系の歴史となれば50億年の歴史まで遡らなければならない。
銀河系の歴史となれば87億年の歴史まで遡らなければならない。
そして、
宇宙全体の歴史となれば137億年の歴史まで遡らなければならない。
といった歴史観である。
まさに、
宇宙史は三次元立体歴史観なのである。
まさに、
歴史を抜き越えるとは、ゼロ次元歴史観、一次元線歴史観、二次元面歴史観、三次元立体歴史観を貫くことに他ならない。