日ノ本の歴史

日本の国旗は日の丸であり、世界各国の国旗の中で一際異彩を放っている図柄である。
四角い白に丸い赤。
こんな図柄の国旗は他にはないが、それでは偶然の産物なのか?
フランス、ドイツ、イタリアはヨーロッパのルーツで、フランク王国からわかれた兄弟国であるから、国旗の由来は同質である。
フランスの国旗は青・白・赤の3色旗であるが、青・白・赤の3色がそれぞれ自由・平等・博愛を示している。
ドイツの国旗は黒・赤・黄(金)の3色旗であるが、19世紀はじめナポレオン軍との戦いに参戦した学生義勇軍の軍服の色を取り入れたもので、黒いマント、赤い肩章、金ボタンに由来し、自由と統一の象徴とされていると同時に、黒・赤・黄の3色がそれぞれ勤勉・情熱・名誉を表わすとも言われている。
イタリアの国旗は緑・白・赤の3色旗であるが、フランスの3色旗が起源で、イタリア統一運動のシンボルとされていた。
緑は美しい国土、白は雪、赤は愛国の熱血を表わすと同時に、自由、平等、博愛も意味している。
まさに、
近代民主主義国家の代表的スローガンである自由・平等が謡われた国旗である。
では、
日本の日の丸の国旗の所以は何処にあったのだろうか?
日本人の古代信仰として古神道に分類される原始宗教では自然崇拝・精霊崇拝を内包しており、特に農耕や漁労において太陽を信仰の対象としてきた。
第10代の崇神天皇は、伊勢の祭神であり宮廷内に祀られていた太陽神である天照大神を宮廷外で祀るようになり、未婚の内親王を天照大神の御杖代(みつえしろ=神の意を受ける依代)として斎王を立てるようになった。
やがて、
第40代天武天皇の頃に皇祖神として崇拝されるようになったことで、日本の国家統治と太陽の結びつきは強くなっていった。
聖徳太子も隋の皇帝・煬帝へ、「日出処天子…」で始まる手紙を送っている。
また、
飛鳥時代末期に国号を「日本」(日ノ本)と命名したところからも、太陽(日の出)を意識しており、「日が昇る」という現象を重視していたことが窺える。
この太陽を象った旗を用いるようになったのは、大化元年(西暦645年)の大化の改新以後、天皇による親政が確立された頃からと考えられる。
延暦16年(西暦797年)の『続日本紀』の中にある文武天皇の大宝元年(西暦701年)の朝賀の儀に関する記述において、正月元旦に儀式会場の飾りつけに「日像」の旗を掲げたとあり、これが日の丸の原型で最も古いものといわれている。
まさに、
日本の国旗である日の丸(いわゆる日章旗)の所以は、しょせん、古代奴隷社会、中世封建社会、近世絶対王権制社会の踏襲からのものに他ならず、西欧社会を代表するフランス、ドイツ、イタリアの国旗が、近代現代民主主義社会において誕生しているのと隔絶の感がする。