国際版・本能寺の変

安重根。
韓国最大のヒーローである。
まさに、
安重根記念館がその証に他ならない。
ソウル市中心部の南にある南山公園中腹に安重根義士記念館がある。
日本の初代総理大臣を暗殺した人物で、伊藤博文は安重根によって旧満州地方のハルピン駅で1909年10月26日に射殺された。
偶然の一致か、韓国大統領として戦後20年近くも君臨し、近代韓国建設に貢献した朴正煕大統領が部下であるKCIA部長によって至近距離から射殺されたのも1979年(70年後の)10月26日であった。
朴暗殺事件はアメリカのCIAの工作であり、伊藤暗殺事件は国粋主義によるという決定的な違いがあったが。
アジアで唯一近代化に成功した国家・日本を、本来なら礼讃して然りべきのはずが、他のアジア諸国の模範国家となるべく、尊敬の念を持たれるべき同僚国家が、最も忌み嫌う国家になってしまったのは、一体何処に原因があったのか。
欧米列強諸国に対抗して、大東亜共栄圏構想を打ち立てたことだけなら、誰も反論はしなかっただろう。
大東亜共栄圏構想を打ち立てながら、同僚国を蹂躙したら反撥されるのは当たり前だ。
はじめに戦争ありきが、ありありと見えるからで、大東亜共栄圏構想など、しょせん、建前と見抜かれても仕方ないことを、日本の軍指導層はまるで自覚していなかった。
況してや、
大正時代に英国にまで留学し、帰国と同時に摂政として、大正天皇の代わりに国家元首代理を務めた昭和天皇なら、少しは国際感覚を持っていたはずだし、陸海空軍の総司令官の立場で外交における能天気さが許されるものではなく、戦国武将の中で、近代化に世界で最初に気づいた織田信長の爪の垢でも呑むべきだった。
武将同士では怖れられ、歴史上では神を怖れぬ大魔神と非難轟々の織田信長だったが、民衆から圧倒的支持を得たのは、戦後の兵士の略奪・暴力を徹底的に禁じたからである。
こんなリーダーは世界史上でも、織田信長以外に見られない。
支配者側からしか事象を見られないのが、歴史上のリーダーたちの中で、被支配者側からの視点を持ち併せていたリーダーは奇跡と言っても過言ではない。
そんな織田信長の対角線上にいたのが、日本の初代総理大臣になった伊藤博文である。
伊藤博文の存在も、逆説的意味で、やはり奇跡的と言えるのかもしれない。
織田信長を暗殺したのが明智光秀。
伊藤博文を暗殺したのが安重根。
そして、
ふたりの間に共通点があった。