奴隷の反撃

人類の文明社会がはじまったのは12000年前である。
12000年は24000年のちょうど半分である。
24000年は太陽の公転周期であるから、12000年は太陽の半年にあたる。
太陽の春夏秋冬の夏から秋への分岐点、すなわち、秋分の日、若しくは、冬から春の分岐点、すなわち、春分の日にあたる。
フォトン・ベルトが実在するか否かは、偏に、秋分の日か春分の日か、この点に尽きる。
人類の文明社会が12000年前にはじまったのは、最後の氷河期が終わった時期と符合するのは、まさに、冬から春の分岐点、すなわち、春分の日だった所以である。
爾来12000年間、支配・被支配二層構造に基づく世襲・相続の差別慣習のいわゆる文明社会が今日まで続いてきたが、いよいよ次の分岐点、すなわち、秋分の日に差しかかる瞬間(とき)がやって来たのである。
まさに、
新しい氷河期がやってくる番だ。
従って、
過去12000年間続いた文明社会とは、正反対のベクトルに向かう12000年の歴史のスタート点が21世紀ということになるだろう。
過去12000年間続いた文明社会のキーワードは、支配・被支配二層構造に基づく世襲・相続の差別慣習だった。
平たく言えば、
王・貴族・政治家・役人といった支配者側が、奴隷・農奴・民衆・大衆・国民といった被支配者側を搾取する社会が文明社会に他ならなかった。
従って、
今度は、被支配者側が支配者側に反撃の狼煙をあげる番がやってきたわけである。
言い換えれば、
奴隷が反撃を開始する時代が21世紀に他ならないのである。
支配者側と被支配者側が衝突して対消滅しない限り、支配者・被支配者二元社会を超える社会が誕生し得る状況にはなれないわけで、その前提条件こそが、支配者側と被支配者側が衝突しなければならないわけである。
まさに、
奴隷の反撃こそ、支配者側・被支配者が対消滅する前触れに他ならない証でもある。
表現を換えれば、
12000年続いた人類の文明社会がいよいよ終焉を迎えたことを示唆しているとも言える。
一つの事象が終わり、新しい事象が表出する際には、必ず、その一つの事象が内在する表裏一体の二元要因究極の衝突を起こし、対消滅することを示唆しているとも言える。
そして、
対消滅の帰結として新しい事象が表出するわけである。
12000年続いた一つの事象が内在する表裏一体の二元要因とは一体何か?
まさに、
支配・被支配二層構造社会こそ、12000年続いた一つの事象が内在する表裏一体の二元要因に他ならない。
畢竟、
被支配者側の原点である奴隷たちの反撃こそ、支配と被支配の対消滅劇の第一幕に他ならないのである。
古代、中世、近世においては、奴隷が農奴になり、農奴が百姓になり、百姓が民衆になってゆく段階だけで、近代になってはじめて国民国家が誕生するに及んで、奴隷が国民になることによって、支配者側と対峙できる立場になった。
大英帝国から独立をした新生児アメリカ合衆国は一気に国民国家建設を果たした。
建国200年余りといういまだ幼い国家・アメリカ合衆国だが、元祖国民国家と言っても過言ではない。
古代ローマが共和制国家の走りと言っても、民衆、ましてや、奴隷が主体となっていたのではなく、しょせん、元老院という貴族の中での公選制度に過ぎなかったのに対して、アメリカ合衆国の共和制国家は本格的な国民国家であった。
歴史に“もしも”はないが、“もしも”明治日本のお手本が大英帝国でなくて、アメリカ合衆国だったら、明治日本はまったく違った国家になっていただろう。
だが、
大英帝国を選んだ明治日本は、現在に及ぶまで君主制国家の道を歩むことになる。
歴史に“もしも”はないが、“もしも”奴隷の反撃が明治日本でも起こっていたら・・・。