裏切り民族

ベトナム戦争におけるベトナム人でも、アフガン戦争におけるアフガニスタン人でも、イラン・イラク戦争におけるイラン人でも、湾岸戦争およびイラク戦争におけるイラク人でも、自国から裏切り者が出たことはない。
だから、
大国のアメリカやソ連といえども、最後には撤退せざるを得ず、実質上の敗北者は大国側であった。
ところが、
太平洋戦争後の対日占領政策は、後日、GHQ高官が告白しているように、芸術的傑作の作品であった。
その理由は、大国は大国の国益追求という大義で動いていた陰で、内部に裏切り者が暗躍していたから、芸術的傑作の作品ができ上がった点にある。
当初のGHQによる日本占領は短期間で済ませることになっていたが、結果はのべ7年に及んだ。
その理由は、東西冷戦にあった。
特に対ドイツ、対日本の当初の占領政策の根幹は、両国が二度と立ち上がれないような草食国家にすることだった。
ところが、
ソ連という共産主義国家が登場するという予想もできない事態が起こった上に、ソ連と隣接する中国がソ連側と手を結んだことは、大英帝国およびその後継者であるアメリカ大帝国にとっては決して許容できるものではなかった。
平たく言えば、
そういう中で目の前に日本という国がいたから、原爆を落したのである。
現に、
冷戦が実質はじまったとされる1945年の7月17日から8月2日までのポツダム会議の期間に、原爆実験の成功を確認したトルーマンアメリカ大統領は、目の前の敵はもはや日本ではなくソ連だったのであり、その中で、原爆投下を決意した本意は、まさに、ソ連に対する示威行為にあって、そのモルモットにされたのが日本で、それが、他の国でもよかったわけだ。
但し、白人社会の以外の国という条件がついていたのである。

近代・現代日本が戦争で最初に負けたのが太平洋戦争であった。
『神の国・日本』が負けるわけがない、という神話を日本国民が本当に信じていたのである。
現に、近代国家になった明治維新以前の日本の国力と、欧米列強のそれとでは月とスッポンほどの差があったことは、下関戦争や薩英戦争で証明済みだった。
ところが、
それからたかだか30年程度経った明治27年には、世界一の大国であった中国との間の日清戦争で、明治38年には欧米列強の一角を占めるロシアとの間で起こった日露戦争でともに勝利を収めたのであるから、そう思っても致し方ないだろう。
そんな『神の国・日本』が太平洋戦争で遂に負けたのである。
しかも、
世界の歴史上いまだに破られていない大記録としての、史上初にして最後の「被爆国家」としてのレッテルを貼られたのである。
まさに、
欧米列強が日本を自分たちと同じ人間国家と扱っていたら絶対に起こし得なかった業罪を平気でしでかしたのは、単なる白人社会の差別意識から生まれ得たものだけでは片づけられない証明である。
やはり、
『神の国・日本』の不敗神話を木端微塵にするための「みせしめ」であった可能性も決して否定し得ないだろう。
第二次世界大戦に勝利した連合国にその意識があったことは、「東京裁判」に如実に現れていたのである。
だが、
世界の事情はその後、大きく変わっていく。
欧米列強の一角を占めていたロシアに革命の嵐が吹き荒れたのである。
順調に帝国覇権主義が引き継がれていくものと高を括っていた経験主義哲学に基づいた自由主義、資本主義を標榜する大英帝国、アメリカ帝国。
その後塵を拝していたロシアがソ連という国に変わって、合理主義哲学に基づいた啓蒙主義、社会主義、延いては共産主義思想を標榜する国家として颯爽と登場したのである。
共産主義国の方が資本主義国よりも、道理から言えば、理想的であったから、当時の世界の識者たちは、共産主義思想の方に走った。
そのきっかけをつくったのが、マルクス・エンゲルス理論である。
そして、
その実践はロシアで為されたが、理論はドイツで生まれ、その予兆を示したのがフランス革命であったことは、経験主義哲学に対抗した合理主義哲学の巻き返しに他ならず、畢竟、欧米列強諸国の帝国覇権争いに過ぎなかった証である。
そこに能天気国家がのこのこと登場したのが明治維新以後の日本だったのである。
欧米列強諸国にとって、インド、中国はいくらアジアの国とはいえ特別であった。
言うまでもなく、
その圧倒的な人口もさることながら、古代エジプト文明、古代メソポタミア文明が西欧文明の走りとするのに対して、古代インダス文明のインド、5000年の歴史を誇る古代中国文明発祥の地であったからだ。
言い換えれば、
インドと中国はやはり欧米列強諸国にとっては特別だったのである。
プレスタ・ジョンの国インドは文明化を。
貿易大国中国は自由交易を。
そしてその先に、
世界最大の金産地国である黄金の国ジパングも自由交易を。
インド、中国と順調に制覇してきた欧米列強諸国だったが、日本に至っては、何と欧米列強諸国に対抗しようとしたのである。
日本側からすれば「明治維新」である。
欧米列強諸国からすれば「日本革命」である。
この意識の乖離が、明治以降の日本の悲劇を生んだのである。
この意識の乖離に気づいた日本人がいた。
まさに、
歴史の裏舞台で活躍した日本人だった。
彼らのことを、「自主独立派」と呼ぶ。
一方、
欧米列強諸国に追随する裏切り者たちが、いわゆる歴史の表舞台で活躍して日本人だった。
彼らのことを、「欧米追随派」と呼ぶ。
「欧米追随派」としては、野田佳彦、菅直人、小泉純一郎、宮沢喜一、中曽根康弘、三木武夫、池田勇人、吉田茂、そして、その向こう側に、薩摩ナインティーン、長州ファイブ、勝海舟、坂本龍馬、陸奥宗光、そして最後に岩倉具実と大久保利通とがいる。
一方、
「自主独立派」としては、小沢一郎、鳩山由紀夫、田中角栄、岸信介、石橋湛山、鳩山一郎、そしてその向こう側に、江藤新平、そして最後に西郷隆盛がいるが、彼らはすべて欧米列強諸国と彼らに追随した裏切り者日本人の手によって抹殺されたのである。