二日はやい日清戦争の火蓋

大英帝国は清という中国をとことん蹂躙した挙句、その残滓をアメリカに押し付けた。
まるで、
阿片売人と阿片中毒者の関係だ。
阿片ビジネスは大英帝国の十八番なら、マリファナビジネスやコカインビジネスはアメリカが十八番のように。
日清戦争で勝利した日本は、まさに、阿片中毒者に大英帝国によってされてしまった。
その10年後に待ち受けていたのが日露戦争である。
日露戦争の実体は大英帝国のための代理戦争に他ならない。
そして、
その伏線として10年遡った日清戦争がある、
まさに、
日清戦争は日露戦争のためにあり、日露戦争は英露戦争の代理戦争に他ならなかった。
第一次世界大戦は、正式にはヨーロッパ戦争であり、第二次世界大戦を含めて三十年戦争と言われる所以は、まさに、パクス・ブリタニカからパクス・アメリカーナへの引継ぎ儀式に過ぎなかった。
「総理、朝鮮王を説得するのはとうてい不可能と思われます」
陸奥外務大臣は、伊藤首相に提言した。
『こんな奴になぜ敬語を遣わなければならないのか・・・』
内心忸怩たる想いの宗光役龍馬だった。
松下村塾時代の伊藤俊輔は、まさに、一介の走狗(走り使い)に過ぎず、久坂玄端、高杉晋作、桂小五郎たちと対等以上の付き合いをしてきた龍馬にとって、伊藤博文がいくら一国の首相であっても、一介の走狗(走り使い)の先入観を払拭することは難しかった。
『しかも、清国をだまし撃ちする算段の手先に、奴によってされようとしている・・・』
腸が煮えくり返るほどの悔しさだったが、伊藤の背景にはトーマス・グラバーがいて、アーネスト佐藤がいて、駐日公使ハリー・パークスがいて、大英帝国が控えている。
龍馬にとってまったく頭が上がらないトーマス・グラバーが、伊藤のパトロン大英帝国の一前衛に過ぎないのだから仕方ない。
更に、
政治犯とはいえ、投獄されていた網走刑務所から仙台刑務所に移送してもらい、挙句の果てに、明治天皇の恩赦によって釈放されるに至ったのは、偏に伊藤の尽力によるものであったのは確かである。
『自分から陸奥宗光に変身したのだから、これもまた仕方ないだろうに・・・』
『現に、宗光はおれの代わりに斬り殺されたのだから・・・・・・・・・・・』
漢城を目の前にして溜息をつく龍馬だった。
以降、
龍馬は宗光に完全に成りきることを決意した瞬間だった。
そして、
日清戦争の火蓋は通史よりも二日はやく切っておろされたのである。