拝金主義のDNA

「おまはん、明日から、わしになりいや!」
「かわりに、明日から、おまはんになるわ!」
その存在など誰も知らず、およそヒーローとは言い難い、土佐出身の浪人に過ぎなかった龍馬だが、薩長連合を成功させた慶応2年(1866年)以降、彼の名は、遠く奥羽地方まで轟き、薩長連合の論功行賞として、翌慶応3年(1867年)には海援隊を結成した。
2年前に長崎の豪商、小曽根英四郎の協力を得てつくった日本ではじめての商社・亀山社中を土佐藩の正式公認を得て結成したものだ。
一方、
もうすでに成人していた宗光は、龍馬が結成した海援隊に合流した当初は、龍馬の存在は雲上人のように見えていた。
そんな雲上人から言われたら断ることなど土台無理な話だし、そもそも伊達小次郎という本名を隠して陸奥名を遣っていた宗光にとって、いまさら坂本龍馬に成り替わっても大同小異の出来事に過ぎなかった。
「いいですよ、坂本さん、いえ陸奥さん」
『してやったり!』
龍馬は内心ほくそ笑んだ。
坂本龍馬ほど唯物的な人物は、日本人としては極めて異質である。
金儲け、つまり、拝金主義に異常なほどの執着心がある。
生きものの一種としての人間の基準では、理解し難い要件だ。
なぜなら、
森羅万象の世界感は全体感だから、部分観からしか発生し得ない拝金主義など及ぶべくもないからである。
およそ後天的発生原因としか考えつかない。
こんな人種、否、民族は歴史上、ユダヤ人1種類しか存在しない。
2000年にもおよぶ宿借り(寄居虫)的生活を強いられてきたゆえの拝金主義発生秘話がここにある。
ユダヤ人は人種名ではなく、ユダヤ教徒を総称する言葉に過ぎない。
人種的にはヘブライ人でもキリスト教徒ならユダヤ人でなく、人種的にはアラブ人でもユダヤ教徒ならユダヤ人であるこの連中は、遠く日本列島の中にもユダヤ人を形成してきた。
聖徳太子の重臣であった秦川勝はまさにユダヤ人であったし、聖徳太子が暗殺された後、身の危険を感じた秦川勝がもともと祖先の渡来人・融通王(弓月君)が日本にはじめて上陸した播州赤穂に戻り没した後の子孫が四国に渡り忌部を名乗り、その後、長宗我部、そして坂本姓まで辿りついたのが龍馬の実家である。
龍馬の体の中に拝金主義のDNAが浸透していたのである。