天災と人災の狭間の時代

日本は世界有数の地震国だ。
2011年3月11日の昼下がりに日本に突然襲ってきた巨大地震は、世界史上4番目に大きなもので、日本史上でも、第五十六代・清和天皇の治世下で起こった貞観地震(西暦869年)以来の最大のものだ。
更に、富士山が宝永4年(1707年)以来の大噴火で、304年ぶりに休火山から活火山になるかもしれず、もしそうなれば、これは二十一世紀最大の歴史的事件になる。
平成時代(平成23年〜平成元年=2011年〜1989年)の間に、世界レベルでは、以下のような巨大地震が人間社会を襲った。
(日本)
2007年(平成19年)7月16日 新潟県中越沖地震 M6.8
2005年(平成17年)8月16日 宮城県南部地震 M7.2
2004年(平成16年)10月23日 新潟県中越大震災 M6.8
2003年(平成15年)9月26日 十勝沖地震 M8.0
2003年(平成15年)5月26日 三陸沖東北地震 M 7.1
2000年(平成12年)10月6日 鳥取県西部地震 M 7.3
1995年(平成7年)1月17日 阪神・淡路大震災 M 7.3
(世界)
2008年5月12日 中国四川省でM8・0、死者6万9000人以上、不明者約1万8000人。
2006年5月27日 インドネシア・ジャワ島中部でM6・3、死者約5700人。
2005年10月8日 パキスタンでM7.6、死者7万4000人以上。
2004年12月26日 インドネシア・スマトラ島沖でM9.0。インド洋の広い範囲で津波。死者・行方不明者22万人以上。
2003年12月26日 イラン南東部でM6.8、死者3万人以上。
2001年1月26日 インドでM7.9、死者2万5000人以上。
1999年8月17日 トルコ北西部でM7.4、死者1万5000人以上。
1998年2月4日 アフガニスタン北部でM6.1、死者約4000人。
まさに、平成時代(1989年〜)に入って、毎年巨大地震が世界で起きている中で、日本で起こる件数が圧倒的に多いことは否めない事実であり、今後も巨大地震が日本をたびたび襲ってくることは確実だ。
自然が人間にメッセージを送る場合、地理上の日本では、地震によって送られる。
江戸幕末の時代には、たった五年間の間に三度の大地震が本州島を襲った。
特に安政の大地震は日本のふたつの中心地だった江戸と京都を同時に
襲うほど巨大なものだった。
そんな中で、巨大な(UFO)が舞い降りてきたのである。

十九歳のとき、坂本龍馬は江戸の地にはじめて一歩を踏んだ。
剣術修行のために遊学した千葉道場では、師範の千葉定吉の長女佐那(さな)と恋仲になった。
長刀や乗馬の名手の男勝りの娘でまだ十六歳の佐那に龍馬は夢中になったのである。
龍馬から好きだと言われた佐那は、龍馬に献身的に尽くし、後年、「わたしは龍馬の許嫁(いいなづけ)でした」と語り、現に、龍馬が暗殺された後も貞節を守って生涯独身をとおした。

京都東山三条を東に行くと材木商だった「酢屋」があり、その横の記念碑には、“坂本龍馬と龍の婚礼の跡地”と記されている。
“龍”とは、龍馬が心底愛したと言われた楢崎龍のことである。
慶応3年(1867年)11月15日。
河原町の醤油店近江屋で寄宿していた龍馬が暗殺された。
幕府見廻組が襲ったというのが定説だが、真相は未だに謎である。
龍馬が暗殺された後の龍(西村龍)は、明治39年1月15日まで生きていたが、明治8年(1875年)、龍馬が暗殺されてから8年後に西村松兵衛と再婚した。
晩年の龍は悲惨であった。
再婚した松兵衛と、龍の妹である光枝とが不倫の仲になり、まさに頓死していったのである。
草場の陰で龍馬は、龍と佐那の狭間で地団太踏んだであろう。