第三十九章 塗り潰された事実

リエが最後に囁いた言葉を思い出すがよい。
“「然り、わたしはすぐに来る」
アーメン、主イエスよ、来てください。
主イエスの恵みが、すべての者と共にあるように。”
八郎はリエを主と看倣すしかなかった。
八郎は鬼神冬子であり島田一郎だ。
リエはリエだ。
黙示録が新約聖書の締めくくりなら、創世記が旧約聖書の始まりだ。
だが、そのまだ前がある。
創世記は言う。
“初めに、神は天地を創造された。
地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。
神は言われた。
「光あれ」
こうして、光があった。
神は光を見て、良しとされた。
神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。
夕べがあり、朝があった。
第一の日である。
神は言われた。
「水の中に大空あれ。水と水を分けよ」
神は大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けられ、そのようになった。
神は大空を天と呼ばれた。
夕べがあり、朝があった。
第二の日である。
神は言われた。
「天の下の水は一つ所に集まれ。乾いた所が現れよ」
そのようになった。
神は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼ばれた。
神はこれを見て、良しとされた。
神は言われた。
「地は草を芽生えさせよ。種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果樹を芽生えさせよ」
そのようになった。
地は草を芽生えさせ、それぞれの種を持つ草と、それぞれの種を実をつける木を芽生えさせた。
神はこれを見て、良しとされた。
夕べがあり、朝があった。
第三の日である。
神は言われた。
「天の大空に光る物があって、昼と夜を分け、季節のしるし、日や年のしるしとなれ。天の大空に光る物があって、地を照らせ」
そのようになった。
神は二つの大きな光る物と星を造り、大きな方に昼を治めさせ、小さな方に夜を治めさせられた。
神はそれらを天の大空に置いて、地を照らさせ、昼と夜を治めさせ、光と闇を分けさせられた。
神をこれを見て良しとされた。
夕べがあり、朝があった。
第四の日である。
神は言われた。
「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ」
神は水に群がるもの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそれぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれに創造された。
神はこれを見て、良しとされた。
神はそれらのものを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、海の水い満ちよ。鳥は地の上に増えよ」
夕べがあり、朝があった。
第五の日である。
神は言われた。
「地はそれぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ」
そのようになった。
神はそれぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞれの土を這うものを造られた。
神はこれを見て、良しとされた。
神は言われた。
「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう」
神は御自分にかたどって人を創造された。
神にかたどって創造された。
男と女に創造された。
神は彼らを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」
神は言われた。
「見よ、全地に生える、種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう」
そのようになった。
神はお造りになったすべてのものを御覧になった。
見よ、それは極めて良かった。
夕べがあり、朝があった。
第六の日である。
天地万物は完成された。
第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。
この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神を祝福し、聖別された。
これが天地創造の由来である”

だが、そのまだ前がある。
“主なる神が地と天を造られたとき、地上にはまだ野の木も、野の草も生えていなかった。
主なる神が地上に雨をお送りにならなかったからである。また土を耕す人もいなかった。
しかし、水が地下から湧き出て、土の面をすべて潤した。
主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。
人はこうして生きる者となった。
主なる神は、東の方のエデンに園を設け、自ら形づくった人をそこに置かれた。
主なる神は、見るからに好ましく、食べるに良いものをもたらすあらゆる木を地に生えいでさせ、また園の中央には、命の木と善悪の知識の木を生えいでさせられた。
エデンから一つの川が流れ出ていた。
園を潤し、そこで分かれて、四つの川となっていた。
第一の川の名はビションで、金を産出するハビラ地方全域を巡っていた。
その金は良質であり、そこではまた、琥珀の類やラピス・ラズリも産出した。
第二の川の名はギホンで、クシュ地方全域を巡っていた。
第三の川の名はチグリスで、アシュルの東の方を流れており、第四の川はユーフラテスであった。
主なる神は人を連れて来て、エデンの園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされた。
主なる神は人に命じて言われた。
「園のすべての木から取って食べなさい。
ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。
食べると必ず死んでしまう」
主なる神は言われた。
「人が独りでいるのは良くない。
彼に合う助ける者を造ろう」
主なる神は、野のあらゆる獣、空のあらゆる鳥を土で形づくり、人のところへ持って来て、人がそれぞれをどう呼ぶか見ておられた。
人が呼ぶと、それはすべて、生き物の名となった。
人はあらゆる家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名を付けたが、自分に合う助ける者は見つけることができなかった。
主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた。
人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。
そして、人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。
主なる神が彼女を人のところへ連れて来られると、人は言った。
「ついに、これこそ
わたしの骨の肉
わたしの肉の肉。
これをこそ、女(イシャー)と呼ぼう
まさに、男(イシュ)から取られたものだから」
こういうわけで、男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる。
人と妻は二人とも裸であったが、恥ずかしがりはしなかった。”

だが、そのまだ前がある。
“主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。
蛇は女に言った。
「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか」
女は蛇に答えた。
「わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。
でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました」
蛇は女に言った。
「決して死ぬことはない。
それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存知なのだ」
女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、賢くなるように唆していた。
女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。
二人の目は開け、自分たちが裸であることを知り、二人はいちじくの葉をつづり合わせ、腰を覆うものとした。
その日、風の吹くころ、主なる神が園の中を歩く音が聞えてきた。
アダムと女が、主なる神の顔を避けて、園の木の間に隠れると、主なる神はアダムを呼ばれた。
「どこにいるのか」
彼は答えた。
「あなたの足音が園の中に聞えたので、恐ろしくなり、隠れています。
わたしは裸ですから」
神は言われた。
「お前が裸であることを誰が告げたのか。
取って食べるなと命じた木から食べたのか」
アダムは答えた。
「あなたがわたしと共にいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました」
主なる神は女に向かって言われた。
「何ということをしたのか」
女は答えた。
「蛇がだましたので、食べてしまいました」
主なる神は、蛇に向かって言われた。
「このようなことをしたお前は、
あらゆる家畜、あらゆる野の獣の中で、
呪われるものとなった。
お前は、生涯這いまわり、塵を食らう。
お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に
わたしは敵意を置く。
彼はお前の頭を砕き
お前は彼のかかとを砕く」
神は女に向かって言われた。
「お前のはらみの苦しみを大きなものにする。
お前は、苦しんで子を産む。
お前は男を求め
彼はお前を支配する」
神はアダムに向かって言われた。
「お前は女の声に従い、
取って食べるなと命じた木から食べた。
お前のゆえに、土は呪われるものとなった。
お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ。
お前に対して
土は茨とあざみを生えいでさせる
野の草を食べようとするお前に。
お前は顔に汗を流してパンを得る
土に返るときまで。
お前がそこから取られた土に。
塵に過ぎないお前は塵に返る」
アダムは女をエバ(命)と名付けた。
彼女がすべて命あるものの母となったからである。
主なる神は、アダムと女に皮の衣を作って着せられた。
主なる神は言われた。
「人は我々の一人のように、善悪を知る者となった。
今は、手を伸ばして命の木からも取って食べ、永遠に生きる者となるおそれがある」
主なる神は、彼をエデンの園から追い出し、彼に、自分がそこから土を耕させることにされた。
こうしてアダムを追放し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた。”

だが、そのまだ前がある。
聖書の創世記では、人間の祖先は男のアダムであり、女のイブはアダムのあばら骨一本から生まれたにも拘わらず、爾来、女の子宮から子供が産まれる。
理由は、イブが禁断の木の実を食べたからである。
主なる神はイブに言われた。
「お前のはらみの苦しみを大きなものにする。
お前は、苦しんで子を産む。
お前は男を求め
彼はお前を支配する」
爾来、人間社会だけが男性社会になり、支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別社会になってしまった。
禁断の木の実を食べた結果だ。
子供を孕むことは大きな苦しみらしい。
子供を産むことは大きな苦しみらしい。
だのに、子供を産みたいから 男を求め、結果、男に支配される社会になってしまったらしい。
では、他の生き物は、オスが子供を産むのか。
では、他の生き物は、子供を孕むことは大きな苦しみではないのか。
では、他の生き物は、子供を産むことは大きな苦しみではないのか。
人間の女だけが、子供を孕む苦しみ、子供を産む苦しみを運命づけられているのか。
だが、そのまだ前がある。
イブがアダムのあばら骨から生まれる前に、リリスという子宮を持つ女がいたらしい。
リリスはアダムと対等だった。
対等であることを余りにも主張するリリスを、主なる神は疎んじてエデンの園を追放してしまった。
ところが、アダム独りでは子孫を産むことはできない。
困り果てた神は、窮余の一策でアダムのあばら骨からイブを産んだ。
では、他の生き物のメスには子宮がないのか。
主なる神も所詮はそこまでだ。
もう、その前はない。

人類50万年の歴史は 事実が塗り潰された歴史だ。
その先頭を切っているのがリエと八郎だ。
宇宙は実在と映像の世界である。
つまり、実在する静止宇宙と鏡の運動宇宙が向き合っている世界だ。
人類以外は実在する静止宇宙にいるのに、我々人類だけが実在と映像の世界を往来するから分裂症に陥っているのである。
悩みや苦とは、分裂症が織り成す映像に他ならない。
恐竜は数千万年の歴史を生きたが、現代の恐竜は高々50万年の歴史を経ただけで消滅しようとしている。
消滅の瞬間が刻一刻と迫って来ている。
太陽の時代から月の時代へ位相の転換が為される時期に突入しようとしているのである。
地球とは、太陽と月が鍔競り合いをしている映像だ。
映像にもスケールが多々ある。
スケールの大きい映像もあれば、スケールの小さい映像もある。
地軸の位相の変化がスケールの大きさの違う映像を生むわけであり、爾来、地軸の位相の変化が繰り返され、その都度、極が移動し、北極が現在の位置に落ち着いて来たのだが、今、劇的な地軸の位相変化が起こり、北極の位置が剣山に移動したことが、リエと八郎の感応によって示されたのである。
聖書は人類の浅知恵の所産であり、その故に、映像を実在と錯覚する分裂症に陥ってしまった。
今こそ、錯覚から目覚める刻なのだ。
エジプトのギザのクフ王のピラミッドの高さは146.6m(現在の高さは138.8m)であり、周辺が230.4m、勾配が51度50分、容積が260万m、平均2.5tの石材を280万個積み上げたもので、長さと高さの比は黄金比とされ、太陽までの距離の正確な約数であり、その重さも太陽の重さの正確な約数で計算されている。
ピラミッドパワーの源泉がここにある。
剣山は標高1955mだ。
月までの距離は384400kmであるが、剣山の高さ1955mの正確な倍数であり、その重さは月の重さ、つまり、7.5x1022kgの正確な約数で計算されている。
剣山パワーの源泉がここにある。
つまり、剣山は自然の山ではなく、人工の山なのである。
頂上から10mほど下に泉があり、年がら年中、清水が途切れることなく湧き出ている。
雨が降っても清水が出る。
自然の山の湧き水は、雨が降れば濁る。
人工の山の中に造られた水瓶だから、雨が降っても清水が湧き出るのだ。
エジプト文明は人類の祖先の発祥の地、つまり、ホモサピエンス発祥の地であり、ピラミッドはホモサピエンスの作品だ。
ホモサピエンスは太陽と地球の親子関係から誕生した生命体であり、そのヒントがピラミッドパワーにあるが、我々人間には理解できない。
メソポタミア文明は人類発祥の地、つまり、人間発祥の地であり、地軸が日本の剣山に移動したことにより、地球と月の親子関係から誕生した生命体であり、究極は月で生きていく生命体である。
そのヒントが剣山パワーにある。
リエと八郎は剣山パワーに潜むヒントを現代人間に伝える為に阿波の地にやって来たのである。
ヘブライ人のモーゼがエジプトのファラオの王子として育った時に、ピラミッドパワーを受け、その時の体験が、後日エジプトを追放され、カナンの地にあるシナイ山に辿り着いた時に開花した結果、旧約聖書の精髄となる十戒を中心にした人類の掟を生みだし、宗教を超えた、つまり、超宗教の教義(ドクトリン)を人類に与えた。
今まさしく、同じメッセージが、新しい星・月を目差して、伝えられようとしているのだ。

だが、そのまだ前がある。
地球に生きている人間をそっくりそのまま移住させるわけにはいかないからである。
人間の数が余りにも多くなり過ぎたからだ。
2050年において、地球上の人間の数は103億を超え、依然増加の一途を辿っている。
二十世紀の100年間で、人間の数は19億から63億、つまり、44億増えたが、二十一世紀の前半50年間で、63億から103億、つまり、40億増えた。
二十世紀よりも更に倍のスピードだ。
十九世紀の100年間では、10億から19億、つまり、9億の増加だから、やはり倍増ゲームだ。
十八世紀の100年間では8億から10億、十七世紀の100年間では6億から8億、十六世紀の100年間では4.3億から6億と、この300年間ではおよそ30%増のスピードだった。
ところが、イエス・キリストが誕生した紀元0年から十六世紀までの1500年間では、人間の数は3億から4.3億と100年率3%弱だ。
近代社会が人間の数を激増させたのが一目瞭然であり、特に十九世紀以降著しい。
理由は、二回に渡る産業革命である。
特に、第二次産業革命が起こった十九世紀後半がその根源だ。
どうやら、地球上での人間の適正数は3億から4億程度であることは、1500年経っても3億から4億であった時代で象徴されているようだ。
地球は月の大きさの4倍あり、表面積では16倍になる。
どうやら、月での人間の適正数は2千万から3千万程度である。
103億もいる人間の中で、2千万から3千万の人間を厳選しなければならない。
それがリエと八郎の使命だ。
地球から月に移住できる人間は300人に一人だ。
日本の人口は今ではすっかり減少して9000万人だ。
割合だけで計算すれば、日本人で月に移住できる者は30万人しかいないことになる。
しかも、その30万人という日本人も新しい人間であって、錯覚の人生を送ってきた旧来の日本人は悉く消滅する。
少子化社会、つまり、子供の数が減少していく社会の行く先には、消滅の憂目が待ち受けている。
自然の社会、否、宇宙自体は、不増不減、つまり、熱力学第一の法則である、エネルギー不変の法則に沿い、且つ、第二の法則である、エントロピーの法則に沿っている。
何事も増えもせず、減りもしない状態が唯一の存続の条件であって、増えたり減ったりし出したら存続の危機である。
人口が一度減少に反転した限り、その国家は必ず消滅する運命に遭う。
欧米先進国の中で、人口が減少していない国家など一つもなく、彼等の行く末は悉く消滅の道だ。
少子化社会とは消滅に驀進する社会に他ならない。
日本人の中で月に移住できる人間とは、少子化社会の中の子供たちだ。
他者と隔絶してまで、自己の道を歩む人間のことだ。
他者と隔絶されることを極度に嫌う現代人は、個性という部分観の肯定的側面を押し殺した人間であり、そんな人間は、月のみならず地球からも拒絶される。
鉄の雨が降って、日本列島は分断されている。
嘗て、ソ連のスターリンはポツダムで、名古屋を境界にして、東日本をソ連の支配下に、西日本をアメリカの支配下に置く日本分断策を提案したが、その時、四国は東日本領にすることを主張した。
四国を制する者は日本列島を制することを知っていたからである。
月に移住できる人間の避難場所が四国なのである。
四国は日本列島の中で四番目の島だから四国と命名された。
九州島、本州島、北海道、そして四国だ。
倭国と称されていた頃の日本は九州島と本州島を指し、しかも本州島と言っても出雲地方一帯だけで、他の地域は僻地に過ぎず、特に関東甲信越・東北地方は夷(えびす)と呼ばれて、北海道の蝦夷(えぞ)と同じ扱いを受けていた。
中華思想の中心にある中国とは、黄河中下流域の中原地帯を指すのであって、北京は燕京が正式の名称で、北の京(都)と書かれるように、北の僻地扱いを受け、満州地域は夷狄(いてき)であったことを引用して、東北地方や北海道を夷(えびす)や蝦夷(えぞ)と蔑称してきた。
古代中国では、中原地帯の四方、つまり、東西南北の東を東夷(とうい)、西を西戎(せいじゅう)、北を北狄(ほくてき)、南を南蛮(なんばん)と命名し、中原地帯と区別(差別)した。
特に、万里の長城の外側、つまり、北側の地帯を北狄(ほくてき)と称し、匈奴(きょうど)、鮮卑(せんぴ)、柔然(じゅうぜん)、契丹(きったん)、回鶻(ウイグル)、蒙古(モンゴル)などの遊牧民族を総称したのである。
日本の関東甲信越地方も夷(えびす)の一地方であり、武士の発祥の地から東夷(あずまえびす)と呼んだわけだ。
東男と京女の東夷(あずまえびす)である。
倭国は九州島と本州島の出雲に二大勢力が存在し、畿内は未開の僻地であった。
後に畿内に大和が誕生するわけだが、そもそもは倭国の二大勢力である九州勢と本州島の出雲勢が大同団結したことから大倭、つまり、大和になったわけである。
朝鮮半島南部の百済・伽耶から北九州に渡来した連中と、南洋諸島から琉球・奄美を経由して薩摩に渡来した連中は、農耕技術を携えた農耕民族であり、彼らが弥生人の祖先となり、九州勢力となるわけだ。
一方、朝鮮半島北部の高句麗から隠岐を経由して出雲に渡来した連中は、狩猟民族であり、彼らが縄文人の祖先となり、出雲勢力となるわけである。
ユーラシア大陸を横断するシルクロードは三本あったと云われ、大陸内部ルートと海岸沿いルート、そして、海ルートの三本で、海岸沿いルートの東の最終地が朝鮮半島南部から北九州であり、海ルートの最終地が薩摩であったのに対し、大陸内部ルートが朝鮮半島北部から出雲に達していたことを示唆しているわけである。
ところが、四国はその範疇に一切入らない地域で、死の国であった。
その中心にあるのが剣山に他ならない。
日本という国は島国と自称してきたが、ユーラシア大陸から見れば、東の果て、つまり、“Açu(日の出る国)”である。
日本という国はアジアの一国なのか、それとも、東洋の一国なのか。
紀元前13世紀末から前9世紀にかけて地中海東部に栄えたフェニキア人が、彼らの国から東の方はフェニキア語で“Açu(日の出る国)”と呼んだのが“アジア”の語源である。
一方、彼らの国から西の方を“Ereb(日の没する国)”と呼んだのがヨーロッパの語源だ。
時代は遥か下って、古代ローマ時代、そして紀元7世紀以降に勃興したイスラム文化によって“Orient”という語が生まれた。
最近まで中国においては、日本人のことを「東洋人(トンヤンレン)」と呼び、日本の帝国主義が隆盛を極めた頃には、彼らは日本人を「「東洋鬼(トンヤンクイ)」と蔑称していた。
日本において「東洋」なる概念が誕生した過程を見ると、「西洋」をはじめに定着させ、それに対比して「東洋」を置き、そこから日本を除外するという形でできたものである。
如何に、明治以降の日本が急激な西洋化(Westernization)を図ったかを物語る。
そういった日本事情の中で、「東洋(Orient)」と訳されるようになって行った。
まさに自民族中心の観点から発生した語であり、中華思想と何ら変わりはないわけである。
“Orient”も、言語学的にはラテン語の“Oriens(日が昇る=rise)”から来ている。
“Occident(西洋)”がラテン語“Occidens(日が没する=fall)”から来ているのに対比する。
古代ローマ帝国時代、イタリアを中心にバルカン半島から北アフリカ、西アジア地域までが“Orient”と呼ばれ、その後漸次その領域は、更に東へ拡大していき、7世紀以降勃興したイスラム文化がその正統性を継承しているのだ。
従って、本来の“Orient”とは、エジプト、パレスチナ、シリア、メソポタミア、小アジア、アルメニア、イラン、アラビア半島までの地域を包摂し、広義には、これにインドや北アフリカまでを加えるわけで、「東洋」を以って“Orient”とするのは誤解を招く。
日本という国のルーツは複雑だ。
その中で、九州島、本州島が倭国を形成し、後代、九州島の先住民、本州島の先住民、そして、関東甲信越地方、東北地方の原住民、北海道の原住民を卑人と扱うことで、支配・被支配二層構造社会を確立していき、畿内に大和朝廷が誕生していくことになる。
四国という国が、罪人を流す島であったと歴史では伝えられている。
大英帝国の罪人がオーストラリアに遠島されていたのと同じ発想である。
四国は、まさしく、死国であったのだ。