第三十三章 鉄の雨の正体

二十世紀最大の悪は、核兵器の発明とその使用に尽きると言ってもいいだろう。
最大の悪は最大の善と表裏一体だ。
1945年8月6日。
アメリカによる広島への原爆投下という、人類は二十世紀最大の悪で以って、二十世紀最大の罪を犯した。
歴代のアメリカ政府が、「正義」を盾にした歪められた歴史観をアメリカ国民の脳味噌にいくら叩き込んでも、自分たちの考えそして行動してきたことに対して自分にまで嘘をつくことはできない。
他人への嘘つき行為は生きている間の懺悔で贖えるが、自分への嘘つき行為は人生の最後である死に至るまで贖うことができない。
天国と地獄という相対的二元論の世界の地獄は、所詮、天国あっての地獄だが、絶対地獄はそんなやさしいものではない。
天国と地獄という相対的二元論の世界では、天国は相対天国しかないのに対して、地獄は絶対地獄と相対天国とがある。
生きている間の天国や地獄は、所詮、自他の区分けによる相対天国と相対地獄に過ぎないが、人生の最後である死に直面したら絶対地獄しかない。
地獄が実在で、天国とは地獄の不在概念に過ぎないことを、死に際して思い知らされる。
自分への嘘つき行為は人生の最後である死に至るまで贖うことができないため、その者たちは絶対地獄に叩き込まれる。
歴代のアメリカ政府は、絶対地獄に嵌り込んだのだ。
顕在意識では「正義」を信じ、深層真理の潜在意識では最大の「罪」を認めている。
この分裂症状が、国際連合を生みだしたのである。
戦前の国際連盟には加盟していなかったアメリカが国際連合をつくった。
ウィルソン大統領は、国際連盟の設立を自ら提唱しておきながら、自国は加盟しなかった。
二十世紀最大の罪を犯すためだ。
トルーマン大統領は、国際連合の設立を自ら提唱して、安全保障常任理事国という嘘つきの極みを捏造し、自国も加盟した。
人類唯一の原爆投下国でありながら、安全保障常任理事国という第二次世界大戦の勝利国だけに原爆保有が認められ、その他の国々の原爆保有は一切禁止という暴挙だ。
最大の悪は最大の善という偽善を生みだしたのである。
アメリカという国が偽善の塊であり、アメリカという政府が独善の塊である所以は、贖うことができない罪を犯したことにあるのだ。
アメリカは確かに人類文明の先端を切っている。
それだけに、権限と責任がある。
世界の警察国家と自負するには、権限と責任を全うしなければならない。
大戦以前の世界には、権限と責任は表裏一体であることが常識だったが、大戦後、特にアメリカにおいて、権限だけを主張し、責任を回避する兆候が見え始めた。
「黄金の50年代」と呼ばれた、アメリカ全盛の10年だ。
実質のPAXアメリカーナの期間は、この十年だけに過ぎなかったと言えるだろう。
1960年代に入ってからのアメリカは、明らかに下降線を辿り始めた。
ベトナム戦争が凋落のアメリカの背中を押し、その主人公がジョン・F・ケネディーという男の登場と暗殺だ。
偽善でも、独善でもなく、善意のアメリカの時代は、“人民の人民による人民のための政府・・・”を訴えたアブラハム・リンカーンが暗殺されることで終わった。
偽善で埋め尽くされ、独善先行した、悪意のアメリカの時代は、“国民は政府に何を求めるのではなく、政府のために何ができるかを問うべきである・・・”と大統領就任演説で訴えたジョン・F・ケネディーの暗殺されることで始まった。
あとは坂をころげ落ちる一方だった。
PAXアメリカーナを引き継ぐ国家は最早ない。
国家という組織の時代は終焉したのである。
2011年12月31日。
年の暮れも迫った大晦日に世界を揺るがす事件が起きた。
アインバーガーアメリカ大統領が心臓発作を起こし急死したのだ。
史上初めての黒人副大統領シカアス・クレー氏が自動的に大統領宣誓をした。
黒人奴隷制度をひいたアメリカ合衆国が遂に黒人大統領を選んだのだ。
アメリカという国が徐々に変わっていることは確かだった。
白人優位、有色人種に対する蔑視は高齢者に多く、特に金持ち階級の老人は男女問わず露骨に差別意識を出す。
世界で一番観光客が多いラスベガスは、今やアメリカのラスベガスから世界のラスベガスに変貌して、ホテルのカジノでも、劇場でも、レストランでもいろいろな国の言葉が飛び交っている。
ホテルの従業員も世界から集まっている。
その中で、一つの名門ホテルが経営に行き詰まり閉鎖した。
理由は簡単で、集客が出来なかったからだ。
そのホテルは規模は小さいが、格調高く、お金持ちの客が大金を賭けることで有名だった。
その光景を見たくて集まった観光客に、お金持ちの老人たちが露骨に人種差別をしていたのだ。
それ以来、誰もそのホテルに近寄らなくなり、結局、お金持ちの客相手だけでは経営が出来なくなり閉鎖してしまった。
行き場所がなくなった金持ちの老人たちは、ラスベガス随一の高級ホテルに鞍替えしようとしたが、そのホテルは彼らを拒否したのだ。
その時に、ホテルの支配人が拒否した理由が世界の話題になった。
「ここは世界の人々が楽しみに来られるホテルです。あなた方のような、同じ人間を人間扱い出来ない獣人(Animal Being)が泊まる処ではありません」
2012年1月1日。
アメリカ合衆国クレー大統領は衝撃的な就任演説をした。
「我が国は、このままでは天罰を食らうことは必定であります。まず最大の罪は、原爆を日本に落としたことです。同じ白人同士の国なら敵国でも決して落とさなかったでしょう。これは二重の罪であります。ただ、肌の色が違うというだけで差別をし原爆を落とすような国が、世界の民主主義国家の代表などと口が裂けても言えません。それを65年間言い続けてきたことは、一アメリカ国民として汗顔の至りであります。わたしが黒人であるから言っておるのではありません。わたしはベトナム戦争のとき、徴兵を拒否して参政権を剥奪されたことがあります。
この国のやってきたことは、我が国とその仲間だけを人間とみなし、それ以外の国民は人間と思わない、低劣極まる行為でありました。
懺悔のつもりではありませんが、我が国は他の核保有国に先がけて核を廃絶することを宣言いたします。連邦議会の採決が必要であると思いますが、全員一致の採決が為されるものと信じております。他の核保有国も我々の決定に追従されることを期待するものであります」
アメリカの核廃絶は2年計画で完了すると発表された。
更に、アメリカ合衆国は、日本に対しての原爆投下を公式に謝罪した。
また真珠湾攻撃に関する資料を公開した。
そこには、日本政府が正式に宣戦布告のテレックスを打っていたことを知っていながら、真珠湾攻撃を不意打ちのように見せかける工作をした事実。
真珠湾にいた米軍に反撃することを禁止する指令を、当時の大統領が出して、騙し打ちした日本に対する米国民の感情を煽ったことなどが記録されていた。
そして、12月7日の「パールハーバーを忘れるな!」記念日を、「卑劣な罠をしかけたアメリカを忘れるな!」記念日に大統領自らの提案で変更した。
2003年のエンパイアステートビル爆破事件も、真珠湾攻撃でアメリカが仕掛けた罠とまったく同じケースだった。
2012年1月17日。
今度はインドとパキスタンが突如和解し、両国とも信仰の自由を掲げ、イスラム教もヒンズー教も仏教も、両国の国民は自由に選べるようになり、同じく核の廃絶を発表した。
次々と核保有国の核廃絶決定は連鎖反応を呼び、イギリスもフランスも、そしてデビルの親友である安田正義の説得で北朝鮮も、核を保有していたことを公開した上で廃絶することを発表した。
そして核保有国として唯一残ったイスラエルだけが沈黙を保っていた。
2月28日、クレーアメリカ大統領は、イスラエルを説得するためにイェルサレムに向かった。
ところが、テルアビブ空港に着く1時間前にヨルダン上空で大統領専用機が爆発事故を起こし、死海に墜落する事件が起きた。
PAXアメリカーナが実質終焉したのはこの事件によってである。
知的文明の申し子アメリカ。
PAXロマーナの末裔アメリカ。
PAXブリタニカの継承者アメリカ。
知性がまさにその最期を迎えているのだ。
知っていることが最大のアドバンテージと信じて止まない現代人は、悉く重度の精神分裂症に陥っている。
彼らが自慢する知識など、自然が持つ知恵に比べたら屁の突っ張りにもならない。
知識の人・孔子の論語は言う。
“知者は惑わず、勇者は懼れず”
“知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ”
しかし、無名の知恵者は言う。
“知恵は万代の宝”
1985年9月22日。
ニューヨークのプラザホテルでG5が開催され、所謂「プラザ合意」が世界に発表された。
時の大蔵大臣・竹下登は、その後総理大臣まで昇りつめたが、彼の総理大臣としての命運はこの時決定していた。
世界の先進国で、消費税を導入していない唯一の国が日本だった。
グローバリゼーションを志向する連中にとって、そんな日本は容認し難い国だった。
“お前は、消費税首相だ!”
プラザホテルの一室で日本の大蔵大臣は一喝された。
消費税を導入した政治家は人柱の運命を背負わされているのだ。
その反対給付として政治家の最高ポストを与えられる。
鬼神四郎にお仕置きされた藤原一族の血を引く白河元議員も消費税大臣だ。
「お前さん、大臣には絶対になりませんと言っておきながら、推薦されたらすんなり受けた。そしてつい口を滑らして醜態を晒すと、責任を取ると言って、大臣の座を簡単に放り投げた。本当の理由(わけ)は何なんだ?」
鬼神四郎の峻烈な追求に耐え切れず嘔吐を吐いた。
“日本の消費税を7%まで吊り上げろ!という命令があったからです!”
その命令を下したのは、グローバリゼーションを志向する連中だ。
何かが大きく変化している。
悪意の人間社会が世界を支配しているのだ。
鉄の雨は、そんな悪意の人間社会に対する警鐘だ。
1985年9月22日までの一般世界は善意も悪意もなく、悪意があるのは政治の世界だけであった。
経済は生き物と言われ、市場は需要と供給のバランスで決定されていた。
ハードウェア‐の商品市場の価格は、消費者側の需要と生産者側の供給とのバランスによって無機的に決定されていた。
ソフトウェア‐の株式市場の価格も、買い手の需要と売り手の供給とのバランスによって無機的に決定されていた。
ところがコンピュータの計算速度の飛躍的な進歩の結果、デリバティブというマネーゲームが可能な時代に突入し、それを決定的にしたのが1985年9月22日にニューヨークのプラザホテルで開催されたG5だ。
爾来、従来の生き物の経済から、悪意の人為的経済に変質してしまったのである。
無機的に決定されていた市場が有機的に決定されるようになった。
Non-Voluntaryな市場からVoluntaryな市場に変質してしまったのだ。
人間の身体もVoluntaryな器官とNon-Voluntaryな器官とがある。
手足といった随意的な器官と内臓のような不随意的な器官とがある。
従来の経済は、内臓のような不随意的な器官の動きをしていたから、身体全体の意志にしか左右されなかったが、1985年9月22日以後の経済は、手足のような随意的な器官の動きに変わったために、大脳の意志、つまり、悪意に左右されるようになったのである。
有機生命体の進化過程の先端を走る人類が、肉体のみならず精神にまで有機的機能を発揮しだしたのだ。
この事態を人類の進化と捉えるのか、地球の一構成員としての退化と捉えるのか、その結論は、二十一世紀の末まで待たねばならない。
二十世紀における二つの大戦で、地球の表面に鉄の雨を降らしたのは人間だった。
その極みが、日本の広島と長崎に落とされた原爆である。
もう一つの大戦であった、アメリカとソ連を組長とする冷戦では、悪意の鉄の雨が降った。
1985年9月22日のプラザ会議が、悪意の鉄の雨の極みだ。
結果、1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊し、冷戦はプラザ会議のメンバーが勝利した。
第二次世界大戦におけるポツダム会議。
第三次世界大戦(冷戦)におけるプラザ会議。
1986年10月11日。
アメリカのレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長が、アイスランドの首都レイキャビクで和平会議を行った。
戦略核の削減会議であったが、SDI・戦略防衛構想で物別れに終わった会議だが、内実は長い冷戦で経済が疲弊した両者の妥協会議に過ぎない。
ソ連にとっては西ドイツの経済成長の脅威が、アメリカにとっては日本の経済成長の脅威が陰にあったからだ。
ポツダム会議では勝利者であったアメリカとソ連であり、敗北者であったドイツと日本が、プラザ会議では攻守逆転していたのである。
アメリカとソ連は同じ穴の狢だったわけだ。
悪意の人間社会はますます増長していった。
同じ穴の狢であったアメリカとソ連を繋ぐ隠れた橋がイスラエルという国である。
ユダヤ人という宗教団体と言い換えてもいいだろう。
イスラエルという国は、人種による国家でもないし、民族による国家でもない。
知性を持つ唯一の生き物である人類の情念が、国という概念を創出していったのが歴史の本来の意義だ。
国の基本要因に人種や民族が置かれる所以だ。
しかし、イスラエルという国家は、人種でもない、民族でもない、ユダヤ人という宗教団体に支配された国だ。
ユダヤ教の信者は、アーリア系白人であろうが、アフリカ系黒人であろうが、黄色モンゴロイドであろうが、みんなユダヤ人だ。
宗教の教義が国是となった国は悉く狂信的(fanatical)だ。
宗教の教義を(doctrine)と云うが、狂信的を(doctrinaire)とも云う所以だ。
ソ連の独裁色が最も濃い時代がスターリン時代とブレジネフ時代であり、スターリン・ドクトリン、ブレジネフ・ドクトリンという言葉が西側世界を震撼させた。
まさに狂信的な運動なのだ。
旧約聖書に登場するイスラエルという国と、現在のイスラエルという国は、人種・民族という観点においてはまったく別の国である。
ヘブライ語(古代アラム語)を喋るヘブライ人はセム系アラブ人をルーツにし、エジプトを起源とするハム系アラブ人とは兄弟だ。
アメリカにいる600万人のユダヤ人はセム系アラブを祖とするヘブライ人ではない。
ソ連にいた600万人のユダヤ人もセム系アラブを祖とするヘブライ人ではない。
しかも、アメリカにいる600万人のユダヤ人は悉くロシア(一部ポーランド)からの移民である。
アメリカという国がイスラエルを支持する所以がここにある。
ソ連という国がイスラエルを支持してきた所以がここにある。
冷戦の崩壊によって、その構図も崩壊した。
すなわち、同じ穴の狢でなくなった訳だ。
1989年11月9日。
ベルリンの壁が崩壊した日、イスラエルとパレスチナの間にイェルサレムの壁が誕生した。
スラブ系ロシア人(白ロシア)のロマノフ王朝による、再三再四にわたる迫害(ポグロム)を受けていたカザール系ロシア人、つまり、ドイツ語とヘブライ語が混在したイディッシュ語を喋るイディッシュ・ユダヤ人は、ロシア革命を引き起こした張本人であり、1917年10月のボルシェビキ革命、いわゆる、10月革命は彼等の仕業である。
スイスのバーゼルで彼等から資金援助を受け武装蜂起したレーニンは、モスクワに進軍したのである。
ソ連というイディッシュ・ユダヤ人が支配する国家の誕生である。
アメリカにいる600万人のユダヤ人もすべてイディッシュ・ユダヤ人だ。
イギリスという国も、フランスという国も、ソ連という国も、アメリカという国も、すべてイディッシュ・ユダヤ人が実質支配する国だ。
ヒットラーはドイツという国をイディッシュ・ユダヤ人支配から守るために闘ったのだ。
イディッシュ・ユダヤ人が支配する国は必ず拝金主義に陥る。
その背景にはタルムード信仰がある。
ユダヤ教には二つの流れがあり、モーゼの教えを忠実に守ろうとする原始ユダヤ教と、紀元前586年のバビロン捕囚によってバビロニア、つまり、現在のイラクに奴隷として連行されたユダヤ人たちが、バビロニアに蔓延っていたバール信仰(拝金主義)を基にしたタルムード信仰の流れがある。
ユダヤ人が商売、特に金融業に長けているのは、タルムード信仰の教義に則しているからだ。
ユダヤ国際資本と称せられる連中はタルムード派だ。
ヒットラーが虐殺したユダヤ人とはこの連中のことであり、原始ユダヤ教を信じているユダヤ人には指一本触れていない。
拝金主義への挑戦だったのであるが、残念ながら、二十世紀の世界は拝金主義化の道へ驀進したのである。
アダムとイブが禁断の実を食べて神からエデンの園を追放されたのが、人類の創世記であるとするなら、原爆を投下した国が原爆を保有する権利を主張している現代は人類の終焉記である。
神が人類を追放したなら、神が人類を総括する責任がある。
しかし、エデンの園を追放された人類が、どうして地球を支配しているのだろうか。
太陽は神になる資格があるが、地球は神になる資格がないというのか。
神という概念は人類が勝手に捏造しただけで、自分の手が届かないものを崇め、足下を軽視する、本来弱き生き物である典型的な発想である。
だが、運動する宇宙では、弱き者が実在で、強き者は弱き者の不在概念に過ぎないのだ。
病気が実在で、健康は病気の不在概念に過ぎない。
不幸が実在で、幸福は不幸の不在概念に過ぎない。
貧が実在で、富は貧の不在概念に過ぎない。
弱が実在で、強は弱の不在概念に過ぎない。
そして、
悪魔が実在で、神は悪魔の不在概念に過ぎない。
だから、神の概念は人類によって捏造され、神を求め、悪魔を忌避するという愚行を続けているのである。
だから、健康の概念は人類によって捏造され、健康を求め、病気を忌避するという愚行を続けているのである。
だから、幸福の概念は人類によって捏造され、幸福を求め、不幸を忌避するという愚行を続けているのである。
だから、富の概念は人類によって捏造され、富を求め、貧を忌避するという愚行を続けているのである。
だから、強者の概念は人類によって捏造され、強者を求め、弱者を忌避するという愚行を続けているのである。
人間社会だけが男性社会を維持するという愚行を続けているのである。
結果、支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別社会が出現し、挙句の果てに、差別・不条理・戦争の横行する人間社会を創出してしまった。
これは神の仕業であり、神の責任ではないのか。
人類の創世記と人類の終焉記。
始めがあるものは終わりが無い。
始めがないものは終わりが有る。
鉄の雨の正体が人類の終焉記を示唆するものなら、人類の創世記などなかったことを逆証明する。
チャールズ・ダーウィンの「進化論」は、嘘の中の真実を著している。
良心の中の悪意と言い換えてもいいだろう。
人類が人間に変貌した時、悪意が誕生した。
聖書がその逆証明をしている。
聖書を書いた人間は、天に唾したことを今思い知らされるのだ。
聖書を書いた人間が、十九世紀末に「ユダヤ議定書」を書いた。
表現が違っても中身はまったく同じだ。
まさに良心の中の悪意そのものだ。
現代版聖書「ユダヤ議定書」の中にチャールズ・ダーウィンも登場するのは、単なる偶然と言えるだろうか。
「進化論」はまさに良心の中の悪意を示唆したものだ。
二十一世紀は、悪意の中の良心を見出す世紀だ。
鉄の雨こそ、聖書、そして、「ユダヤ議定書」への挑戦だ。