第二十九章 意識の中

日本列島が真二つに分断されたように、世界も真二つに分断された。
八郎とリエが加古川河畔で目撃した様相は、世界の現実を映しだしていたのである。
加古川から清水山まで無意識の中で時を刻んだ二人には何も観えなかったが、その1時間足らずの間にも世界は大きく変わっていたのだ。
加古川から三田の相野までは、ゆるやかな丘陵地帯が続く。
冬子の父・鬼神四郎が生まれたのは今から一世紀前の1947年だ。
一世紀を隔てて、二人の冬子が同じ地にいる。
八郎は2050年の時にいる。
リエは2034年の時にいる。
時の刻みは異なっているのに、空間の刻みは同じである世界を時空の世界と言うのであれば、八郎とリエはまさに時空の世界にいると言える。
人は時間という汽車に乗って人生という錯覚の旅をしている。
窓外には空間という景色が動いて観えるが、空間という景色は静止している。
時間という汽車が動いているから、空間という景色が恰も動いているように観えるだけだ。
舞台に掛かっている白いスクリーンに映っている映像(映画)が、窓外の景色である。
映写室にある静止画フィルムが実体(実在)であり、映画(動画)の正体に外ならない。
時間という汽車に乗っている自分が、鑑賞席で映画を鑑賞している本当の自分だ。
時間の『今』から、空間の『ここ』の連続体である過去・現在・未来を窓外に観ているのである。
この世とは時間から見た空間の世界のことだ。
この世とは時間から見た空間の世界のことだ。
この世とは時間から見た空間の世界のことだ。
あの世とは空間の世界のことだ。
あの世とは空間の世界のことだ。
あの世とは空間の世界のことだ。
この世とあの世を超えた世とは汽車の中の自分独りだけの世界だ。
この世とあの世を超えた世とは汽車の中の自分独りだけの世界だ。
この世とあの世を超えた世とは汽車の中の自分独りだけの世界だ。
死とは映写機が止まって(静止して)、映画が終わることだ。
鑑賞席に座っている本当の自分に死などない。
死んでいった者も、生きている者もみんな鑑賞席にずっと座っているのだ。
『今、ここ』を生きるとは、劇場の3階(この世)と5階(あの世)を日々往復しているニセモノの自分から、4階(この世という背景画面(スクリーン)と、あの世という実舞台の両方が見えるこの世とあの世を超えた世)の鑑賞席に座ることである。
死とは時間という汽車が駅に停車して(静止して)窓外の空間という景色が動画面から静止画面になることだ。
つまり、
死とは人生という錯覚の旅をしている時間という汽車から下車することに外ならない。
時間という汽車を下車した自分に死などない
『今、ここ』を生きるとは、窓のカーテンを閉じて、動いている時間という汽車の中で静止することだ。
結局の処、
この世とあの世を超えた世では生も死もないのであり、生も死もない世界こそこの世とあの世を超えた世に外ならない。
リエはこの世にいる。
八郎はあの世にいる。
だがふたりは同じ空間にいる。
違いは時の刻みだけだ。
実在の鶴林寺と映像の法隆寺。
実在の斑鳩寺と映像の斑鳩寺。
京都の鹿苑寺は鑑賞者だ。
播州の鹿苑寺は鑑賞者だ。
リエは一方のベクトルであり、八郎は他方のベクトルであり、目指す一つの昇華点こそが鑑賞者の鹿苑寺だ。
京都の鹿苑寺と播州の鹿苑寺の両側からふたりはお互いを目指す。
京都の鹿苑寺が表舞台なら京都の慈照寺が裏舞台だ。
播州の鹿苑寺が表舞台なら京都の慈照寺が裏舞台だ。
ふたりは夢の中で眠った。
舎利殿と観音殿。
鹿苑寺と慈照寺。
三代将軍となって皇位纂奪を図り室町幕府の絶頂期の象徴である鹿苑寺と、戦国時代を招き室町幕府滅亡期の象徴である慈照寺。
『ここで自分は生まれ変わることができるかもしれない・・・』
八郎は思った。
八郎のそんな想いも知らずに、リエも慈照寺の山門を潜って行った。
慈照寺の山門から観音殿までの間に、大きな木塀がある。
木塀を挟んで、八郎とリエが向かい合っていた。
木塀がちょうど鏡となって、リエの方に観音殿が映し出され、八郎の方に山門が映し出された。
鹿苑寺に比べて慈照寺の境内は狭いだけに、一層暗く感じる。
リエは、木塀に映った観音殿とその前に立っている八郎とのコントラストが、昼間であるのに、夜の光景と変化している。
まさに慈照寺の夜景に八郎が立つ姿は、鹿苑寺が燃える夜景のネガとしてリエに映り、そのネガが八郎にはポジとして映ったのである。
八郎は、リエのお陰で記憶喪失から帰還した。
その瞬間、木塀はただの塀に戻った。
しかし八郎は新しく生まれ変わったのである。
「カスケード」
リエが携えている本に気が付いた八郎の表情が一変した。
昼間というのに、慈照寺境内には、誰ひとりいない。
八郎は無言でリエの手を握り、観音殿に誘った。
ふたりは一言も言葉を交わさずに、眼だけで言葉を交わした。
八郎の瞼に、リエの目も眩むばかりの美しい裸体が静かな動きをしている姿が映し出されている。
リエの瞼に、八郎の目を覆うばかりの醜い裸体が激しい動きをしている姿が映し出されている。
リエが静かに手を動かすと、八郎は激しく体を動かす。
八郎が激しく手を動かすと、リエは優しく体を動かす。
女の静かな動きと、男の激しい動きが、まわりの自然を吸い寄せるかの如く、一体感を内外に与える。
そしていよいよ、『今、ここ』の瞬間(とき)がやって来た。
愛しさと憎しみとが溶け合って、ふたりはひとつになった、その瞬間(とき)、ひとつがふたりになって、お互いの存在に気がついた。
「君は?」
八郎がリエに訊ねた。
「わたしのこと覚えていないのね!」
リエは優しく言う。
「夢の中で会ったことがあるような気がする・・・」
ふたりは夢の中の眠りから覚めた。
“「カスケード」って一体何のこと?”
リエは八郎に尋ねたが、八郎も何の意味かわからない。
だが、ふたりは同じ夢の中にいたから、「カスケード」という言葉を共通認識はしている。
夢の話を続けるしかない。
人の一生は悪夢の連続と言う。
よい夢は滅多に見ない。
眠りの中の夢の悪夢の連続であり、よい夢など百回に一回あったら上出来だろう。
初夢という言葉があるくらいだから、三百六十五回に一回ということなのだろう。
これは一体どういうことだろう。
眠っている時だけが夢の世界と思い込んでいるが、寝ても覚めても夢の世界を彷徨っているのが、人の一生の実体なのだ。
「カスケード」の意味はそこにあるのだが、今のふたりにはわからない。
「カスケード」という言葉は、階段とか、踊り場とか、段々畑の段のことを意味する英語だが、語源はイタリア語で「滝」の意味だ。
近代哲学の本場はイギリス、ドイツかフランスであり、イタリア人の哲学者は珍しい。
『我思う、故に我あり』で有名な近代哲学の父と呼ばれているデカルトはフランス人だ。
解析幾何学の数学者でもあった彼は、その著「方法序説」で心身二元論を展開、ルネサンスによって、自己の存在の自立を主張してきた人間的自我は、デカルトによって自己の存在原理を見出した。
一方、唯一の実体は「神すなわち自然」であると主張した一元論で以って、デカルトの二元論を克服しようとしたのが、オランダ生まれのユダヤ人哲学者スピノザである。
他方、多元論によって、デカルトの二元論の克服を目指したのが、ドイツ人哲学者ライプニッツだ。
一元論、二元論、多元論といった考え方は、まさに幾何学数学者デカルトの座標軸理論を基本に置いた自然科学としての哲学である。
自然科学としての哲学を、実践による経験論の哲学に導いたのがイギリスのフランシス・ベーコンだ。
更に経験論と合理性を統合したのがドイツの哲学者カントであり、そこから近代自然科学が誕生したのである。
哲学とは、まさに自然科学の父であったことを忘れてはならないし、その延長線上に、哲学書として著した「プリンキピア」のニュートンがいる。
ニユートンは、その著「プリンキピア」で、万有引力や慣性の法則を発表して、近代物理学、近代数学の礎をつくった。
経験主義のイギリスは産業革命を果たし、合理主義を引き継いだドイツでは、ヘーゲルやニーチェが、その後の啓蒙思想を生んでいくのである。
その中でユニークなイタリア人哲学者ボッチェリが著したのが「カスケード」だ。

パスティール・ボッチェリ。
1452年、北イタリア・トスカーナ地方のシエナという城塞の町に生まれたパスティールの生家は、葡萄園を営んでいた。
十字軍が東ヨーロッパを席巻していた中世ヨーロッパの時代は、町は殆ど要塞で守られた城塞の町であったが、発祥の地はフィレンツェを中心にしたトスカーナ地方の城塞の町がモデルで、城塞の町のことを、ドイツ語でBurg(ブルグ)と言い、ロシア語でGrad(グラード)と言い、フランス語でBour(ブール)と言う。
そして、城塞の町に住んでいた人々を、Bourgeois(ブルジョア=市民)と呼んだのである。
ロシア革命によって、ブルジョア階級とプロレタリア階級との闘争と喧伝されているが、ブルジョアの語源は一般市民である。
ボッチェリ家は、当時イタリアのみならず、ヨーロッパ全域にその名を馳せていたフィレンツェのメディチ家が経営するワイン製造に力を貸していた。
メディチ家の当主・ロレンツォは、イタリアの祖国の父と呼ばれたコジモ・デ・メディチの孫に当たり、祖父のコジモは金融業で栄え、その取り引き先はローマ教皇、フランス国王、ハプスブルグ家の支配するドイツ・オーストリア・ハンガリー・スペイン・ポルトガルの王侯貴族たちにまで及んでいた。
ルネッサンスの原動力は、メディチ家の経済力であり、フランス出身のローマ教皇ウパニス二世が開始した十字軍遠征による東方貿易によるものだった。
当時のフィレンツェの経済力はヨーロッパ随一であり、その総生産量はイギリス一国のそれを上回るものだった。
商業活動はどんどん活発化し、計算に適したアラビア数字が導入され、小切手・信用手形・担保などの新しい経営方式は、この時代のフィレンツェで生み出されたものであり、そのフィレンツェで君臨していたのが、ロレンツォ率いるメディチ家であった。
コジモの孫だったロレンツォが生まれた3年後にパスティールがボッチェリ家の長男として生まれた。
ワイン製造に協力した葡萄園主と言えば、聞こえはよいが、実質はメディチ家の支配下にある荘園地主だった。
商業の町として繁栄したフィレンツェは、メディチ家の莫大な富を基に、ルネッサンスの礎を築いていく一方で、物質的な繁栄の陰の面として、享楽的風潮が強くなっていき、素朴な信仰心は薄れていた。
メディチ家絶頂の時期をつくったロレンツォが1492年に死ぬと、メディチ家は一気に没落の道を辿っていった。
ロレンツォが死んだ時、パスティールは40才になっていたが、その時までは葡萄園を経営する平凡な人生を送っていた。
ロレンツォが死ぬと、フィレンツェ教皇派と対立していた、シエナを中心とするドミニコ派が一気に台頭、シエナに居を構えるパスティールは、メディチ家との関係が裏目に出て、ドミニコ派の指導者であるサヴォナローラの激しい攻撃を受ける波乱の半生に陥った。
信仰心が薄れ、堕落したフィレンツェ市民は、ロレンツォの子・ピエロを追い出し、サヴァナローラを新しい指導者として選んだ。
サヴァナローラは修道士で、ルネッサンスの巨匠たちが創作した作品を、メディチ家の贅沢の極みの産物だとして、城塞の町シエナの広場で「火刑」に処すという暴挙に出た。
堕落していたフィレンツェ市民もさすがに、サヴァナローラの狂信的行為に嫌気がさし、1498年4月7日・日曜日の午後、サヴァナローラを「火刑」に処した。
ルネッサンスを産んだ町フィレンツェにとって、この年は大きな意味を持っていた。
狂信的指導者サヴァナローラの「火刑」を演出したフィレンツェの堕落した市民の心に大きな変化を齎す出来事であった。
レオナルド・ダ・ヴィンチの傑作、「最後の晩餐」が完成し、パスティール・ボッチェリの哲学書「カスケード」も書き上げられたのが、この年である。
旧約聖書の出エジプト記でのモーゼの教えを歪曲して、自分たちの利益のみを追求するのは、パリサイ人律法学者の祭祀の指導者層ではなく、彼らに唆される一般大衆であることを、レオナルドは「最後の晩餐」で、パスティールは「カスケード」で伝えたかったのである。
レオナルド・ダ・ヴィンチもパスティール・ボッチェリも、1452年生まれの同い年で、ロレンツォ・デ・メディチを介して親交があった。
ふたりが呼応して、1498年に世に出した作品は、その後のヨーロッパに大きな影響を与えていくことになる。
ルネッサンスの表舞台の主役として、レオナルド・ダ・ヴィンチが、ルネッサンスの裏舞台の主役として、パスティール・ボッチェリが、近代社会の精神構造を支える役割を果たしていくことになるのである。
ヴィンチとボッチェリは、古代ギリシャ哲学と近代哲学の狭間の中世哲学を、水面下で共有する関係になっていく。
暗黒の中世と呼ばれ、ローマ・ヴァチカン・カソリックの支配の時代と呼ばれ、十字軍遠征という暗いイメージの中世の中でも、良心ある人間が古代と近代の橋渡し役をしていたのであるが、現代社会においても、世に出てこないのは、イエスを十字架刑にした愚かな人間が織り為す不条理の為せる業なのであろうか。
レオナルド・ダ・ヴィンチは、「最後の晩餐」を、フィレンツェのサンタマリア・デレ・グラツィエ教会の食堂の壁に描いた。
幅4m60cm、長さ8m80cmという巨大な壁画である。
十二人の弟子、バルトロマイ、アルファイの子ヤコブ、ペテロと呼ばれるシモンの兄弟アンデレ、そしてイエスを銀貨30枚で売ったユダ。
イエスが、「汝らの一人、我を売らん」と告白をする。
ユダの横にいたゼベダイの子ヤコブの兄弟ヨハネにペテロが言う。
「裏切り者は一体誰なのか、主イエスに訊いてくれないか?」
イエスの右隣にいたトマスが人指し指を立てて、イエスに訊く。
「裏切り者は一人ですか?」
ゼベダイの子ヤコブが、「やめろ!」と遮る。
フィリポ、徴税人マタイ、タダイ、熱心党のシモンが慌て騒いでいる。
最後の晩餐とは、ユダヤ教で最も大事な催しである、「過ぎ越しの祭り」の為の食事である。
「最後の晩餐」の巨大な絵が動き出す。
イエスは弟子たちに言った。
「都のあの人のところに行って、こう言いなさい。『主が、「わたしの時が近づいた。お宅で弟子たちと一緒に過ぎ越しの食事をする」と言っています』」
十二人の弟子たちと席につき、一同が食事をしているとき、イエスは言った。
「はっきり言っておくが、あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている」
弟子たちは非常に心を痛めて、「主よ、まさかわたしのことでは」と代わる代わる言い始めた。
「わたしと一緒に手で鉢に食べものを浸した者が、わたしを裏切る」
イエスは言った。
イエスを裏切ろうとしていたユダが、口を挟んで、「主よ、まさかわたしのことでは」と言うと、イエスは答えた。
「それはあなたの言ったことだ」
一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言った。
「取って食べなさい。これはわたしの体である」
また杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言った。
「皆この杯から飲みなさい。これは罪が赦されるように、多くの人たちのために流されるわたしの血、契約の血である。言っておくが、わたしの父の国であなたがたと共に新たに飲むその日まで、今後葡萄の実から作ったものを飲むことは決してあるまい」
一同は賛美の歌をうたってから、オリーブ山へでかけ、そこでペテロは言う。
「たとえ、みんながあなたにつまずいても、わたしは決してつまずきません」
「はっきり言っておく。あなたは今夜、鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう」
イエスはペテロに言った。
ペテロは、「たとえ、ご一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」と言った。
弟子たちも皆、同じように言った。
それからイエスは弟子たちと一緒にゲッセネマという所に来て、「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここに座っていなさい」と言った。
ペテロとゼベダイの子、ヤコブとヨハネを伴ったが、その時、イエスは悲しみもだえ始め、彼らに言った。
「わたしは死ぬほどに悲しい。ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい」
イエスはうつ伏せになって祈った。
「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに」
それから弟子たちのところに戻ると、彼らは眠っていたので、ペテロに言った。
「あなたがたは、このように、わずか一時もわたしと共に目を覚ましていられなかったのか。誘惑に陥らないよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い」
更に、二度目に向こうに行って祈った。
「父よ、わたしが飲まないかぎりこの杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように」
再び戻ると、弟子たちは眠っていた。
そこで、彼らを離れ、また向こうに行って三度目も同じ言葉で祈った。
そして弟子たちのところへ戻って彼らに言った。
「あなたがたはまだ眠っている。休んでいる。時が近づいた。人の子は罪人たちの手に引き渡される。立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た」
祭司長たちや民の長老の遣わした大勢の群集が剣や棒を持って、十二人の弟子の一人であるユダが一緒にやって来た。
千五百年の時空の世界を飛び超えて、イェルサレムとフィレンツェの間で、光子体が飛び交う。
そして、「最後の晩餐」はそのシナリオを完成した。
ミラノ公、ルドヴィーコ・イル・モーロがパスティールに言った。
「レオナルドに、我が娘の夫で、傭兵隊長のフランチェスコ・スフォルツァを弔うために、スフォルツァ家の菩提所サンタマリア・デレ・グラツィエ教会の食堂に、イエスの最後の過ぎ越しの食事の絵を描いてもらうことにした」
パスティールはレオナルドから事前に聞いていたことを思い出していた。
「パスティール、君にもミラノ公から依頼があると思うよ」
レオナルドは憂鬱そうな表情で言う。
「君は、もうフィレンツェを見放して、ローマに行くのかい?」
レオナルドはフィレンツェとピサの中間にあるヴィンチ村で生まれた。
パスティールが生まれたシエナの真北の町で、メディチ家に支援を受ける前から、お互いに知己の関係であり、レオナルドが悩んでいることを知っていた。
レオナルドのライバル、ミケランジェロ・ヴォナローティーは、レオナルドが「最後の晩餐」を完成した直後から、イエスが十字架から下ろされ、聖母マリアに抱き抱えられた彫刻像・ピエタの創作を開始して、1年余りで完成させたのだ。
「あんな絵なら、そこいらの下人でも描ける。俺は彫刻でイエスとマリアを表現してみせる!」
ミケランジェロも、メディチ家のロレンツォが死んだ後の当主ピエロの支援を受けていたのだが、サヴォナローラの圧力で、ピエロはミケランジェロの支援を中止したのだ。
ミケランジェロのレオナルドに対する嫉妬心が、一層ライバル心を掻き立てたのである。
「いや、フィレンツェから離れないよ」
レオナルドの拠点は飽くまでヴィンチ村であったが、後年、フィレンツェの名門ジョコンダ家当主の妻リザの肖像画の製作を要請され、1502年、正式にフィレンツェに移るまでは、ヴィンチ村で隠棲生活をしていた。
隠棲生活する理由があったからで、パスティールはその理由を承知していた。
ミケランジェロのレオナルドに対する反発心の大きな理由も、ここに潜んでいた。
「どうして、僕が、ミラノ公から呼び出されるのかい?」
レオナルドはしばらく沈黙を保っていたが、徐に口を開いた。
「ヴァチカンに対するアンチテーゼだよ?」
パスティールはレオナルドの意図を計りかねていた。
「宗教に対して哲学で応酬したいのではないかと思うのだが・・・」
「僕は哲学者ではないし、ソクラテスやプラトンの本を読んだこともないのに、何故、僕が哲学なんだい?」
訳がわからなかった。
レオナルドは徐に、棚に置いてあった分厚い聖書をテーブルの上に置いて、栞の挟んであるページを開き、読み始めた。

“一人の男が、イエスに近寄って来て言った。
「先生、永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのでしょうか?」
イエスは言われた。
「なぜ、善いことについて、わたしに尋ねるのか。善い方はおひとりである。もし命を得たいのなら、掟を守りなさい」
男が、「どの掟ですか?」と尋ねると、イエスは言われた。
「殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、父母を敬え、また隣人を自分のように愛しなさい」
そこで、この青年は言った。
「そういうことはみな守ってきました。まだ何か欠けているでしょうか?」
イエスは言われた。
「もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それからわたしに従いなさい」
青年はこの言葉を聞き、悲しみながら立ち去った。
たくさんの財産を持っていたからだ。
イエスは弟子たちに言われた。
「はっきり言っておく。金持ちが天の国に入るのは難しい。重ねて言うが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」
弟子たちはこれを聞いて、非常に驚き、「それでは、だれが救われるのだろうか」と言った。
イエスは彼らを見つめて、「それは人間にできることではないが、神は何でもできる」と言われた。
するとペテロがイエスに言った。
「この通り、わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って参りました。では、わたしたちは何をいただけるのでしょうか?」
イエスは一同に言われた。
「はっきり言っておく。新しい世界になり、人の子が栄光の座に座るとき、あなたがたも、わたしに従って来たのだから、十二の座に座ってイスラエルの十二部族を治めることになる。わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子供、畑を捨てた物は皆、その百倍もの報いを受け、永遠の命を受け継ぐ。しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる者は先になる」
イエスは続けた。
「天の国は次のようにたとえられる。ある家の主人が、葡萄園で働く労働者を雇うために、夜明けに出かけて行った。主人は、一日につき一ディナールの約束で、労働者を葡萄園に送った。また九時ごろ行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、『あなたたちも葡萄園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう』と言った。
それで、その人たちは出かけて行った。
主人は、十二時ごろと三時ごろにまた出て行き、同じようにした。
五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、『なぜ何もしないで一日中ここに立っているのか?』と尋ねると、彼らは、『だれも雇ってくれないのです』と言った。
主人は彼らに、『あなたたちも葡萄園に行きなさい』と言った。
夕方になって、葡萄園の主人は監督に、『労働者たちを呼んで、最後に来た者から始めて、最初に来た者まで、順に賃金を払ってやりなさい』と言った。
そこで、五時ごろに雇われた人たちが来て、一ディナールずつ受け取った。最初に雇われた人たちが来て、もっと多く貰えるだろうと思っていた。
しかし、彼らも一ディナールずつであった。
それで、受け取ると、主人に不平を言った。
『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。丸一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは』
主人はその一人に答えた。
『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一ディナールの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。自分のものを自分のしたいようにしてはいけないか。それとも、わたしの気前のよさを妬むのか?』
このように、後にいる者が先になり、先にいる者は後になる」”
レオナルドが聖書を読み終わると、パスティールは微笑んで言った。
「わかったよ、ミラノ公に会ってみよう」
パスティールは、ミラノ公、ルドヴィーコ・イル・モーロの話を素直に聞いていた。
「これまでの世界は、もう終わりだ。新しい世界の創造を、我々人間が為し遂げなければならない」
ミラノ公、ルドヴィーコ・イル・モーロがパスティールに言った。
「イエスは、『新しい世界は、間もなくやって来る』と、死ぬ間際に、母のマリアに言ったことは、君も聖書を読んでいるなら知っているだろうね?」
パスティールは一瞬迷った。
彼は、一度も聖書を開いたことがない。
食事前のテーブルで祈る言葉さえ、定かに憶えていない。
「すみません。わたしは聖書を読んだことがありません」
パスティールは正直に返事した。
ミラノ公は、呆れた表情をしていたが、実直なパスティールに感心もした。
「聖書に書かれていることが、モーゼやヨハネやイエスが言った言葉かどうか、はっきりしていないし、またそんな言葉や文章が重要ではない。彼ら聖人たちが、凡人たちには到底真似できないような行為をしたことが重要なのだ。イエスが最も偉大なのは、恐ろしいことや、危険なことを知っていて、なおかつ、怯えながらも、自分の意思の方を優先した勇気にある」
ミラノ公は、目を潤ませながら続けた。
「『心は燃えても、肉体は弱い』でしょうか?」
パスティールが独り言のように言った。
ミラノ公が驚きと喜びの表情に変わるのを見ていたパスティールが、罰が悪そうに言った。
「レオナルドが言っていたんです・・・」
ミラノ公の表情はますます歓喜に溢れている。
「レオナルドが君について言っていたことは、まさにこのことだったんだねえ・・・」
レオナルドに「最後の晩餐」を描くことを依頼した時のことを、ミラノ公は思い出した。
「君は、絵の才能を以って、真理と真実の相対性を世に伝えて欲しい」
ミラノ公がレオナルドに言う。
「・・・ということは、絵以外の手段も考えておられるということですね?」
レオナルドは単なる画家ではない。
科学者であり、哲学者でもある。
「写実的な絵では、君の右に出るものはいない。遠近法を編み出したのも君だからね。しかし絵は所詮抽象的な域を脱け出ることはできない。やはり言葉が一番だ。言葉で無理なら文字だ。つまりペンで表現することが、一般大衆に浸透する最大の武器だよ」
ミラノ公の意図を掴んだレオナルドが言った。
「言葉を文字にすることにかけては、彼の右に出る者は一人もいないでしょうねえ・・・」
ミラノ公は膝を乗り出して耳を傾けた。
「シエナで葡萄園を営んでいる、パスティール・ボッチェリという男がいます。彼は本を殆ど読まないし、子供の頃から、父親に従って葡萄園の仕事をしてきただけですが、文字や文章の行間を読み取り、正確に解釈する能力にかけては、天下一品ですよ」
画家以外の能力にかけても、天下一品のレオナルドが折り紙をつけるだけの男に、ミラノ公は興味を抱いた。
イエスの言葉は、理解に苦しむことばかりだが、理解できた者にとっては、これほど深い真理はない。
中世のキリスト教は、イエスの言葉の深い意味など、まったく関心がないかの如く振る舞う。
それだけ、一般大衆の理解力が甚だしく欠乏しているとも言える。
ミラノ公は、パスティールなら理解できるだろうと期待した。
「いままでの価値観では、多くの人々に理解して貰えることが非凡なことだと思われてきた。政治家や役人は、多くの民からの支持を得るために、彼ら以下の意識に成り下がってしまう代償として、地位を獲得する。それが政治家という、低劣な職業だ。しかし、多くの人々に理解され、受け容れられるようなことが、果たして非凡だと言えるかね?」
パスティールはミラノ公の言葉を受けて言った。
「イエスが多くの人々から受け容れられたら、十字架に架けられるようなことはなかった筈ですね・・・。極めて少ない人々にしか理解されないことこそ、またそんな人こそ、真の非凡な人と言えるでしょう、イエスのように・・・」
ミラノ公がパスティールの言葉を受けた。
「イエスの真理の言葉が、極めて理解し難いのは、そこに重点を置いているからだ・・・」
パスティールがミラノ公の言葉を受けた。
「裏切ったユダが、『主よ、まさかわたしのことでは』と言うと、イエスは答えた。『それはあなたの言ったことだ』。こういったイエスの表現ですね?」
イエスはずばり言いたかった。
「裏切っていない者は、『主よ、まさかわたしのことでは』といった言葉など決して吐かない。『それはまさに自白しているようなものだ』と・・・」
ミラノ公は確信を持った。
『この男なら、キリスト教ではなく、イエス・キリストの真理を伝えることができる!』
ミラノ公は更にゲームを続けた。
「それでは訊くが、イエスが葡萄園の主人にたとえて言った、『後にいる者が先になり、先にいる者は後になる』の真理はどうかね?」
パスティールはゲームを閉じた。
「それは、わたしがこれから書く真理の書で、お答えしましょう」
ミラノ公に、大見栄を切ったパスティールは、ラテン語で書かれた聖書を先ず入手した。
新約聖書は、ローマ帝国の公用語である古代ギリシャ語で4世紀から5世紀に亘って書かれた。
1455年にグーテンベルグによって活版印刷が発明されるまでは、古代ギリシャ語で書かれた新約聖書は、修道士の手で筆写されていたために、数は極めて限定されており、非常に高価なものであったが、活版印刷が発明されることによって、安価で一般大衆の手に入るようになっていた。
葡萄園を営むパスティールにとっても、聖書を読みたくても、手に入り難い代物であったのだ。
マルチン・ルターによって為された宗教革命の背景には、活版印刷の発明によって、古代ギリシャ語以外の言語、つまりラテン語、フランス語、英語そしてドイツ語の聖書が世に出たことが、一般大衆のルターへの支持基盤となったことを見逃してはならない。
一通り聖書を読んだパスティールは失望した。
『十字架に架けられても、自説を曲げなかった人物が、このようなことを言う筈がない・・・』
パスティールの生まれ持っての洞察力が、聖書の行間に浸透していく。
新約聖書の序章は、「マタイの福音書」である。
イエスの十二人の使徒の一人であるマタイによる口述伝書だ。

“イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。
母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。
夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表沙汰にするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。
このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。
「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」
このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。
その名はインマヌエルと呼ばれる」
この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。
ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じた通り、妻を迎え入れ、男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。
そして、その子をイエスと名付けた”

『これは一体何を象徴しているのか?』
パスティールは窓外の葡萄園を眺めていた。
シエナの葡萄園は、険しい丘陵地にあって、最上段から最下段まで100m近い落差がある段々畑の様相である。
古代エチオピアのシバの女王の出身地は、紅海を挟んだアラビア半島の先端にある、イェーメンの国である。
太い長靴の形をしたアラビア半島は、足首以上は平坦な砂漠であるが、甲の部分は、まさに足形と同じで、標高2000m以上もある台地である。
イェーメンはまさに足の甲の部分に当たる地であり、昔から急な勾配の所にある段々畑で葡萄をつくっていた。
その様相は、何段にも亘る滝の姿を髣髴させるところから、「カスケード」と称せられていた。
段々畑の葡萄園を眺めていたパスティールは呟いた。
『「カスケード」だ!シバの女王がソロモンに大神殿の建築を薦めた原点は、イェーメンの「カスケード」という葡萄畑だったのだ!そして、シバの女王こそ、「カスケード」だ!ソロモンとシバは、アダムとイヴを原点に置いた、人間の根源を示唆した言葉だったんだ!』
一枚の紙に、「カスケード」とパスティールはイタリア語で書いたのが、その後ヨーロッパの近代化に大きな影響を与えた、パスティール・ボッチェリの「カスケード」の始まりである。
旧約聖書は言う。
“イブはアダムの一本のあばら骨から生まれた”
だがイブの前にリリスという女性がいた。
アダムの言うことを一切聞かないリリスでは都合が悪いので、神はリリスを殺して、イブを創造した。
男性社会にとってリリスは都合悪いらしい。
パスティール・ボッチェリは聖書の行間に垣間見える欺瞞を見抜き、「カスケード」という意味深な言葉にしまいこんだのである。
『「カスケード」だ!シバの女王がソロモンに大神殿の建築を薦めた原点は、イェーメンの「カスケード」という葡萄畑だったのだ!そして、シバの女王こそ、「カスケード」だ!ソロモンとシバは、アダムとイヴを原点に置いた、人間の根源を示唆した言葉だったんだ!』
人類の歴史が男性社会の変遷であることに気づいた者がいただろうか。
パスティール・ボッチェリとレオナルド・ダ・ヴィンチは、そのことに気づいたから、「カスケード」を著述し、「最後の晩餐」を描いたのである。
パスティール・ボッチェリが「カスケード」によって人間の聴覚に訴える方法を採ったのに対して、レオナルド・ダ・ヴィンチは「最後の晩餐」によって人間の視覚に訴える方法を採ったのである。
チャールズ・ダーウィンは「自然淘汰説」の中で、自然の生き物社会は弱肉強食の世界だと喧伝した。
爾来、人間は何かに憑依かれたように男性社会を構築していったが、メス社会で構成されている自然社会に抗うことは所詮不可能な話だ。
人類1万年の歴史でいくら男性社会を正当化しようとしても、宇宙137億年の歴史を変えることはできない。
では何故、人間社会だけに男性社会を無理強いする必要性があったのか。
戦争という人類最大の悲劇を生んだ元凶は、人間の欲望に根付いたものであると宗教や政治は主張するが、果たしてそうだろうか。
差別という人類が最も忌むべき考え方を生んだ元凶は、人間の欲望に根付いたものであると宗教や政治は主張するが、果たしてそうだろうか。
不条理という人類が最も忌避しなければならない価値観を生んだ元凶は、人間の欲望に根付いたものであると宗教や政治は主張するが、果たしてそうだろうか。
仏教では、「煩悩」と呼ぶ。
キリスト教では、「七つの大罪」と呼ぶ。
自然の中で生きているものたちにも本能欲という欲望がある。
仏教が諌める「煩悩」の中にも、キリスト教が禁止する「七つの大罪」の中にも、本能欲に基づく食欲や性欲も含まれている。
「煩悩」や「七つの大罪」が戦争や差別や不条理の元凶であるとするなら、自然社会にも戦争や差別や不条理があっても不思議ではない。
我々人間は、伝染病に冒されている者を、上辺では同情しても内実は忌み嫌う習性を持つ。
自然の中の生き物は、いくら醜いものでも、ボス争いに敗れて傷だらけになったものでも、仲間外れにはしない。
戦争や差別や不条理の元凶が、仏教が言う「煩悩」や、キリスト教が言う「七つの大罪」ではない証左と言える。
人間社会だけに男性社会を無理強いする必要性にその正体があるのだ。
田島八郎は鬼神冬子と島田一郎の空間を超えた存在だ。
石嶺リエはアメリカと日本の空間を超えた存在だ。
空間に時間が加わった時空間の世界とは、古今東西織り混ぜた世界だ。
言葉、つまり、聴覚に訴える手法が、パスティール・ボッチェリの「カスケード」なら、感覚、つまり、視覚に訴える手法が、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」だ。
『今、ここ』に古今東西織り混ぜた世界が現出しようとしている。
石嶺リエの世界が垂直の世界なら、田島八郎の世界が水平の世界だ。
水平の世界と垂直の世界が交差することが十字架の意味だ。
イエス・キリストはまさしく『今、ここ』の体現だ。
イエス・キリストは生まれながらにして十字架に架けられる運命を背負っていた。
それは、欲望に渦巻く人間社会こそが、水平世界と垂直世界の十字架に他ならないことを警鐘するための代償だったのだ。
男と女の間には永遠に埋められない暗黒の深淵がある。
男が水平世界だ。
女が垂直世界だ。
水平世界と垂直世界は、『今、ここ』という仮想交点で交わる。
永遠に埋められない暗黒の深淵とは、永遠に交わらない『今、ここ』という仮想交点に他ならない。
人類の歴史は水平世界の歴史だった。
自然の歴史は垂直世界の歴史だった。
田島八郎と石嶺リエによって、水平世界と垂直世界が交わろうとしている。
まさに二十一世紀の幕開けである。
だが、それは未だ意識の中だけだ。