第二十四章 第三次世界大戦

2033年12月25日。
国際石油資本、つまり、スリーシスターズのアメリカのエクソン社、イギリス・オランダのロイヤル・ダッチシェル社、イギリスのブリティッシュ・ペトロリアム社が日本への石油輸出禁止措置を発表した。
嘗て、セブンシスターズとして悪名を馳せた国際石油資本は今やスリーシスターズにまで集結していた。
国際石油資本とは、原油を産出する産油国に対して、原油を精製し、卸し売りする業者のことだ。
彼らの底力の原点がそこにある。
単なる卸売りの業者なら、製造者である川上の産油国が絶対的力を持つ筈だが、原油のままでは商品にはならない石油産業は、製造者である川上と川下である卸売り・小売りの間に精製業者である川中が強い存在としてある。
原油を精製して重油・軽油・ガソリン・ナフサなどに分留することではじめて商品価値を持って市場に出回る。
一般消費者にとっては原油など何の商品価値もない。
エクソン、モービル、テキサコ、スタンダードカリフォルニア、ガルフ、ブリティッシュ・ペトロリアム、ロイヤル・ダッチシェルのメジャー七社がセブンシスターズと称せられてきた所以がこの点にあり、そのメジャーが今やスリーシスターズ、つまり、ロックフェラー系とロスチャイルド系の国際ユダヤ資本に集結していたのは、産油国との対決力を高めることが目的であり、畢竟、アラブ対イスラエルの対決が水面下にあるのだ。
1960年。
イラン・イラク・サウジアラビア・クウェート・ベネズエラの産油五ヶ国が、原油価格の維持、生産調整を目的としてOPEC(Organization of Petroleum Exporting Countries-石油輸出国機構)を結成した。
国際石油資本に対抗して自らの利益を守るのが、その目的である。
OPECが結成されるまでは、産油国は水よりも安い価格で原油を国際石油資本から叩き買いされていた。
石油ビジネスで大儲けしているのは国際石油資本だけで、産油国は依然開発途上の貧乏国として喘いでいたのである。
第一次世界大戦・第二次世界大戦勃発の真の原因も、実は石油利権の争奪戦にあったのだ。
キリスト教圏世界とイスラム教圏世界の真の争いは、宗教問題の相克ではなく、産油国と国際石油資本との相克にある。
国際連合を脱退したのは日本だけではなく、スイス・オーストリア・マルタも脱退したにも拘わらず、国際石油資本が石油輸出禁止措置の対象としたのは日本だけだった。
バッシュ大統領の狙いはヨーロッパ連合(EU)を自分たちの陣営に引っ張り込むことだ。
第二次世界大戦でドイツ・イタリアは日本と三国同盟を結んだが、その動機は敵の敵は味方という論理だけのことで、日本という国を真の同盟国などとは、ヒットラーもムッソリーニも微塵とも思っていなかった。
寧ろ、有色人種の国として日本を蔑視していた。
骨肉の争いをしている身内同士が、ひとたび、他人との争いになると団結する。
シンガポール戦線でイギリス軍が日本軍に負けると、ヒットラーが敵である筈のイギリスの肩を持ったのがその証左だ。
バッシュ大統領は歴史に学ぼうとした。
「賢者は歴史に学び、愚者は体験に学ぶ」
社会主義を弾圧し、保護主義を採ったドイツの鉄血宰相ビスマルクの言葉だが、所詮、十九世紀の話だ。
二十一世紀という時代には、過去の歴史などまったく役に立たない。
バッシュが学ぼうとした歴史通りには事は運ばなかった。
スイス・オーストリアが日本と手を組んだのである。
更に、ヨーロッパ連合(EU)が日本・スイス・オーストリアに同調したのである。
同じ白い肌の人種が、有色人種と手を組むなど想像もしていなかったバッシュは大きな衝撃を受けたが、自業自得の背景があったことに気づかなかったのだ。
1979年3月28日。
アメリカ・スリーマイル島原子力発電所2号炉が爆発。
1986年4月26日。
ソビエト連邦・ウクライナ共和国首都キエフ北方にあるチェルノブイリ原子力発電所第4号炉で、タービン発電機の慣性回転を利用して発電させる実験中に、原子炉の出力が急上昇、制御不可能な状態となり、大量の蒸気が急激に発生して爆発、更に、水素の核融合爆発が起こり、大量の放射性物質が放出した。
まさに水爆なみの被爆だ。
化石燃料である石油はいずれ枯渇するのに対し、原子力は無限に近い可能性を秘めていることを疑う者はいないが、欲望に振り回されて生きる人の世は理屈通りには事が運ばない。 
原子力発電が注目を浴び出したのは、1942年にシカゴ大学教授のエンリコ・フェルミが核分裂の連鎖反応実験に成功し、熱エネルギー(原子力エネルギー)は制御棒の制御により抽出できることが判明したことによる。
爾来、アメリカは積極的に原子力発電の開発に力を注ぎ、ナトリウム・カリウム合金を冷却材とする高速増殖実験炉による原子力発電をアルゴンヌ国立研究所に建設した。
1951年のことであり、以後、石油による火力発電から原子力発電への切り替えを積極的に図り、アメリカ全土に原子力発電所を雨後の筍のように建設し始めたにも拘わらず、スリーマイル島とチェルノブイリの事故で一気に頓挫してしまった。
アメリカ各地には建設途中のままの原子力発電所が数え切れないくらいある。化石燃料としての石油の限界説が一気に吹き飛び、再び石油への注目度が高まった。
二度目の石油ショックが到来した。
1973年10月6日。
第四次中東戦争の勃発を受けて、10月16日、OPEC(Organization of Petroleum Exporting Countries-石油輸出国機構)は原油価格を21%引き上げ、更に、イスラエル支援国に対して石油禁輸措置を決定した。
更に、12月には翌年1月から二倍の価格に引き上げることも決定した。
イスラエル支援の最大の国アメリカの属国と見なされていた日本は、当時の副総理・四木高男が中東諸国を歴訪、日本の立場の理解を求める一方、国民生活安定緊急措置法及び石油需給適正化法を制定、深刻な事態に対応した。
原油価格の急激な上昇は西側先進諸国の経済を直撃、1972年の第一次石油ショック、いわゆる、ニクソン・ショックから立ち直りかけていた日本をも直撃、足下を見た便乗値上げが相次ぎ、急速なインフレ化が発生した。
消費者物価が一年間で23%上昇し、「狂乱物価」という新語まで誕生。
インフレ抑制のために公定歩合が引き上げられた結果、設備投資が抑制され、GDP(国民総生産)成長率が1.2%と、戦後続いてきた高度経済成長が1974年に遂に終焉を迎えた。
省エネルギー対策として、深夜の電力消費を抑制する政策が採られ、深夜のテレビ放送が休止された。
1978年4月1日。
アメリカの忠実な僕であったパーレビ王朝が、ホメイニ師の呼びかけに呼応したイラン国民によって倒された。
港町であるバンダール・ブシェールで日本と合弁事業を展開していた石油精製施設建設のプロジェクトが頓挫、石油生産の中断も余儀なくされ、イランから大量の原油を輸入していた日本は、石油の需給が逼迫した。
第二次石油ショックが起こったのである。
中東の石油に依存することに懸念を抱いた先進諸国は、中東以外の地域での新しい油田開発を模索し始めたのもこの頃である。
原子力発電、風力発電、太陽光発電といった非石油エネルギーの活用、また省エネルギー技術の研究開発と石油備蓄の強化もその一環である。
そんな世界情勢の中、フランスのディスカール・デスタン大統領の発声によって、第一回先進七カ国首脳会議(サミット)がフランスのランブイエ城で開催された。
急速なインフレに遭遇した先進国の経済は、二回の石油ショックによって、スタグフレーションに突入、第二次世界大戦後の世界の成長経済は破壊された。
先進国に追いつくべく工業化の投資を積極的に展開していたブラジル、アルゼンチンといった南米諸国やアフリカの開発途上国は、原油輸入コストの急上昇で債務返済の遅延、つまり、リスケ(reschedule)を余儀なくされ、世界各地で通貨不安が発生。
一方、中東を中心の石油輸出国は、輸出価格の急騰により経済力を持ち、政治面での発言力も高める結果となった。
オイル・ダラーの誕生であり、新たなキリスト教圏世界とイスラム教圏世界との軋轢・相克が始まったのである。

石油絡みの外交問題は必ず戦争を引き起こす。
国際石油資本のスリーシスターズが、国際連合を脱退した日本、スイス、オーストリアの中で、日本だけに対して石油禁輸措置を採ったにも拘わらず、スイス、オーストリアは彼らからの石油供給を拒否し、新しい石油輸入先としてロシアや中央アジア諸国と交渉を始めた。
ソビエト連邦時代のロシアは、世界最大の石油生産を誇っていたが、ワルシャワ条約の衛星国に格安の価格で供給していたために、石油で潤うことはなかった。
ソビエト連邦が崩壊した結果、衛星国に石油を供給してやる義務も責任もなくなった彼らは、市場原理に則って石油ビジネスが出来るようになった。
一方、中国の石油事情も20世紀末から変化しだした。
中国は1993年から石油の純輸入国に転じ、その量は年々増加、1996年から2000年にかけての石油純輸入量は1348万トンから2858万トンに増加し、さらに2000年には6000万トンを超えた。
中国経済は10%前後の発展を続け、原油需要も年々4%の増加に対して、国内における原油生産量の伸びはわずか2%程度にとどまっているため、原油供給量の不足傾向はいっそう顕著になっている一方で、中国の確認石油埋蔵量は着実に増えており、年平均8〜10億トンの石油埋蔵量を新たに確認でき、石油生産量も持続的な伸びを示している。
石油の需要も巨大なら、石油の供給も巨大な中国に、アメリカを中心にした国際石油資本が脅威を覚えたのも当然である。
嘗てのアメリカやソビエト連邦がそうであったように、巨大な土地と豊富な資源を擁する国家は滅多にないが、加えて、巨大な人口をも擁する国家は、世界に一つ、中国しかない。
スイス・オーストリアが交渉を進めていたロシア政府から、中国と手を組む提案を受けたのである。
スリーシスターズといった国際石油資本やOPECに対抗するために、中国がロシアや中央アジアの石油産出国と新しい石油機構組織の構築を模索していたのである。
その名もOPEIEC(Organization of Petroleum Exporting & Importing by Eurasian Countries-欧亜石油輸出入機構)だ。
スリーシスターズを筆頭の国際石油資本のキリスト教圏世界。
OPEC(Organization of Petroleum Exporting Countries-石油輸出国機構)のイスラム教圏世界。
二十世紀までの世界は、キリスト教圏世界とイスラム教圏世界の覇権争いであったが、二十一世紀に入って、ユーラシア圏構想が俄に沸き上がってきたのである。
「欧米」という言葉が常識の二十世紀までの近代であったが、「欧亜」つまり、「ユーラシア」という言葉が二十一世紀の常識になる。
ヨーロッパ連合(EU)がユーラシア連合(EAU)に発展していく第一歩が、中国が主導するOPEIEC(Organization of Petroleum Exporting & Importing by Eurasian Countries-欧亜石油輸出入機構)構想なのだ。
二十世紀末から中国が続けてきた高度経済成長は既に半世紀を過ぎていた。
年率10%の経済成長を50年続けると初年度のおよそ118倍になる。
4510億元(564億ドル)だった1980年度の中国のGDP(国民総生産)が2030年度には53兆2180億元(6兆7000億ドル)になる計算だ。
ところが、2030年度における中国のGDP(国民総生産)は200兆元(25兆ドル)を突破し、日本のGDP(国民総生産)である10兆ドルの2.5倍の経済力を誇り、アメリカのGDP(国民総生産)である20兆ドルをも凌駕したのである。
従来の数学の常識を覆したのは、圧倒的な数を誇る中国の人口だ。
一人っ子政策を持続してきたにも拘わらず、中国の人口は毎年1000万増えている。
2024年に日本の人口は1億を割り、2033年の現在では8500万まで減少していた。
日本の人口は2005年の1億2775万7千をピークに減少傾向に入っていたのである。
日本の公式歴史は2700年を超す。
2700年掛かって1億2775万7千の日本の人口を育んできたのを、中国は僅か13年足らずで達成できるわけだ。
農業が盛んになった結果、人口が激増したと言われている江戸時代の日本の人口がおよそ3000万だから、300年から400年掛かって1億増加させてきた日本のポテンシャリティーに対して、10年で1億増加できる二十一世紀の中国のポテンシャリティーは日本の30倍から40倍あるということだ。
国土の広さよりも、人口の数が国力の最大のバロメーターである。
国土の広さは従来の数学で計算できるが、人口の数は新しい数学でないと計算できない。
人口は二人の親のネズミ算で増えていく。
ネズミ算とは2の冪乗のことだ。
従来の数学に基づく年率10%の複利では、元金1.0が1年目には1.1倍、2年目には1.21倍、3年目には1.33倍、4年目には1.46倍、5年目には1.61倍、6年目には1.77倍、7年目には1.94倍、8年目には2.14倍、9年目には2.35倍、10年目には2.59倍となるが、ネズミ算では21.1倍、21.21倍、21.33倍、21.46倍、21.61倍、21.77倍、21.94倍、22.14倍、22.35倍、22.59倍となる、つまり10年後にはおよそ6倍になる。
中国の経済成長が机上の計算よりも圧倒的な速さで成長している所以はネズミ算にある。
人口が2億7千万のアメリカ。
人口が1億2千万の日本。
人口が13億の中国。
世界の三強を従来の数学で計算するのは見当違いだ。
圧倒的な国土を誇るアメリカに挑んで太平洋戦争に突入した日本は無謀極まりないと批判されたが、圧倒的な人口を誇る中国に挑もうとするアメリカは遙かに無謀と言えるのを、誰が予想し得るだろうか。
OPEC(Organization of Petroleum Exporting Countries-石油輸出国機構)に対抗して、OPEIEC(Organization of Petroleum Exporting & Importing by Eurasian Countries-欧亜石油輸出入機構)をつくり、更に、ヨーロッパ連合(EU)がユーラシア連合(EAU)に発展していくのを、指を咥えて眺めているアメリカではなかった。
嘗て、アメリカはヨーロッパ諸国がヨーロッパ共同体構想を打ち上げた時に、その対抗策として環太平洋条約機構構想を打ち上げて対抗しようとした。
当時の中国の国力はさほど強力なものでなかったため、アメリカは日本を最大のパートナーとして扱い、沖縄駐軍基地をベースにした対ソ連・中国戦略を展開したが、今回は日本が中国側についたため、仕方なく韓国を引っ張り込もうとしたのである。
中国と日本の間に位置する韓国は、敵の寸断作戦に地理的にも、心理的にも持って来いである。
韓国にとって、日本は永遠に不倶戴天の仇敵であり、骨肉の争いの敵である北朝鮮は中国の弟分であり、敵の味方は敵になる。
嘗て、冬子の父・鬼神四郎が親友・安田正義と協力して100万に及ぶ北朝鮮の軍隊を二度に亘り日本に上陸させ、陵辱させたことがあったが、当時の韓国政府は複雑な立場になっていた。
韓国と北朝鮮はいわば同胞である筈だが、それは単に表面的な歴史観である。朝鮮半島と日本列島との二千年を超える関係は、高句麗と出雲の国津神であり、百済と西都原の天津神の繋がりである。
北朝鮮が縄文人のルーツであり、韓国が弥生人のルーツである。
天智天皇が白村江(はくすきのえ)の戦いで百済を援護して敗走したのも、桓武天皇の母が百済の王家の媛であったのも、弥生人の先祖である天皇家が有史以来、百済と関係が深かった証しである。
畢竟、半島と列島の関係は複雑怪奇であり、韓国と北朝鮮を同胞だとする考え方は真の歴史観を曲げることになる。
アメリカが韓国に触手を伸ばした結果、その膿が明るみに出たのだ。
韓国政府は迷うことなく、アメリカ側についた一方で、北朝鮮政府は日本を介して中国と手を結んだのだ。
弟分とみなしていた中国政府は当初、北朝鮮の態度に戸惑いを抱いていたが、その原因が安田正義にあったことが判明して納得した。
鬼神四郎がこの世を去って以来、セイギこと安田正義は北朝鮮の首都平壌に移り、北朝鮮政府の顧問役を担っていたが、まさか、自分が第三次世界大戦の引き金を引く役を演じるとは思ってもいなかった。

中国は決して日本を信用していた訳ではなかったが、彼らの思考回路もまた、敵の敵は味方であり、敵の味方は敵でしかなかった。
国家間の外交は複雑怪奇だ。
人間社会にしか起こらない戦争という悲劇の最大の原因は、国家という概念が生まれたからだ。
国家(Nation)という概念は民族(Nation)という概念と同期化している。
民族(Nation)という概念は人種(Human race)という概念と同期化している。
人種(Human race)という概念は人類(Mankind)という観念と同期化している。
人類(Mankind)という観念はホモサピエンス(Homo sapiens)と同期化している。
ホモサピエンス(Homo sapiens)という観念は霊長類(Primate)と同期化している。
霊長類(Primate)という観念は猿類(Apes)と非同期化している。
従って、人間(Human being)の祖先はヘブライ人やアーリア人やドラビダ人や漢人や縄文人や弥生人といった人種(Human race)であり、彼らには国家(Nation)や民族(Nation)や人種(Human race)という概念がある。
一方、人類(Mankind)の祖先はクロマニオン人やネアンデルタール人といったホモサピエンス(Homo sapiens)であり、ホモサピエンス(Homo sapiens)の祖先であるジャワ原人や北京原人といった霊長類(Primate)であり、彼らには人類(Mankind)やホモサピエンス(Homo sapiens)の観念があっても、国家(Nation)や民族(Nation)や人種(Human race)という概念はない。
概念と観念の違いは、人類(Mankind)が人種(Human race)と同期化した時に概念が誕生したのであり、観念とは個人レベルの所産であるのに対し、概念とは組織レベルの所産である。
社会と国家との決定的な違いがここにある。
社会とは飽くまで個人レベルであり、国家は組織レベルであるからして、社会間では戦争が起こらないのに、国家間では戦争が起こり得るのだ。
社会では個人同士の話し合いで事が収まるが、国家ではそうは行かず、外交という複雑怪奇な言葉が登場する。
自由主義国家でも、民主主義国家でも、専制主義国家でも、外交官は悉く複雑な性格を有している。
中国と日本の外交問題として、両者は同盟国になったのである。
そして全世界が最も恐れていた、アメリカと中国の衝突が、遂にいま起ころうとしているのだ。
1914年6月に起きたサラエボ事件がきっかけで第一次世界大戦勃発。
ドイツ・オーストリア・イタリアの三国同盟とイギリス・フランス・ロシアの三国協商との対立を背景にして起こった。
同盟国側にはトルコ・ブルガリアが、協商側には同盟を脱退したイタリアの他、ベルギー・アメリカ・中国そして日本などが参加した。
4年以上に亘ってヨーロッパ戦場を中心に激戦が続いたが、1918年11月、ドイツの降伏によって終結。
翌年のパリ講和会議でベルサイユ条約が成立した。
1939年9月1日にドイツがポーランドに侵入したのがきっかけで第二次世界大戦勃発。
ドイツ・イタリア・日本などの枢軸国と、アメリカ・イギリス・フランス・ソ連などの連合国との対立が背景で起こった。
ドイツのポーランド侵略がきっかけで、イギリス・フランスの対ドイツ戦争、対ドイツ・ソ連戦争、太平洋戦争と拡大、当初は、枢軸国側が優勢だったが、後に、連合国側が優位に立ち、1943年イタリアが降伏、1945年5月ドイツが降伏、日本もソ連の対日参戦とアメリカによる広島・長崎への原爆投下によって同年8月に、降伏によって終結。
枢軸国側が優位だった戦いが連合国側の優勢に逆転したのは、枢軸国側に裏切り行為が発生したからである。
枢軸国側には、ドイツ・イタリア・日本・満州・中華民国(南京)国民政府・ブルガリア・ハンガリー・クロアチア、そして、タイ・ルーマニア・フィンランドなどが追従していたが、タイ・イタリア・ルーマニア・ハンガリーが連合国側に鞍替えしたのである。
連合国側には、アメリカ・イギリス・フランス(自由フランス)・オランダ・ユーゴスラヴィア・ベルギー・デンマーク・ソ連・カナダ・ブラジル・メキシコ・オーストリア・ニュージーランドが徒党を組んだ。
フランスは国が二分、国家としてはスペイン・スイス・ポルトガルなどと共に中立の立場を守った。
1600年9月15日。
東軍と西軍とによって日本が二分され関ヶ原の合戦が行われた。
当初、西軍が優勢だったが、小早川秀秋の裏切りで情勢は一気に東軍に傾き、徳川家康の天下取りが決定的になった。
まさに人間社会だけが織り成す戦争とは裏切り行為の連続である。
動物社会には絶対見られない、敵の味方は敵、敵の敵は味方という卑劣極まりない生き物なのだ。
過去の世界大戦は、畢竟、ヨーロッパのルーツであるフランク王国の骨肉の争いに過ぎない。
フランク王国が分裂してイタリア・ドイツ・フランスというラテン国家になったのが、そもそものヨーロッパである。
イタリアが長男で、ドイツが次男で、フランスが末っ子というところだ。
イタリアが長男である所以は、フランク王国の前身がローマを首都とする(西)ローマ帝国にあるからだ。
ドイツが次男である所以はイスラム勢力から(西)ローマ帝国を守ったのがゲルマン民族だからだ。
第一次世界大戦ではイタリア(長男)・ドイツ(次男)対フランス(末っ子)の兄弟喧嘩だったが、長男のイタリアが次男のドイツを裏切って、末っ子のフランスに寝返った。
第二次世界大戦でもイタリア(長男)・ドイツ(次男)対フランス(末っ子)の兄弟喧嘩だったが、やはり長男のイタリアが次男のドイツを裏切り、末っ子のフランスも二枚舌を使った。
結果は、一貫性を貫いた次男のドイツは二度に亘る敗戦国という憂き目に遭い、優柔不断の長男と尻軽の末っ子は難を逃れた。
第二次世界大戦に勝利した連合国側は戦争犯罪人の処罰を行ったが、それはドイツと日本だけで、イタリアは敗戦国としての屈辱から免れたのは、裏切りに対する論功行賞のお陰であった。
人の世とはそんな空(おどろ)しい世界なのだろうか。
動物の世界では裏切り行為自体が存在しない。
況や、裏切り行為をした者が報われるようなことは決してない。
況してや、弱き圧倒的な数の一般凡夫が一貫性を貫く為に、屈辱と艱難辛苦を敢えて受容するだろうか。
人間社会に決定的に欠落しているものが一貫性であり、一貫性とは自然、つまり、地球との一貫性に他ならないし、畢竟、宇宙との一貫性に他ならない。
人の世だけに四苦八苦があるのはその所為に他ならない。
アメリカの陰謀で中国が日本への借款を一方的にリスケジュールしたことに反発した日本政府が国際連合に訴えたにも拘わらず、国際連合の常任理事国が拒否権を発動し、日本は脱退せざるを得なくなった。
日本の国際連合脱退を理由に国際石油資本が対日石油輸出禁止措置を決定した。
予てからアメリカの圧力に苦虫を噛んでいた永世中立国のスイスが同じ永世中立国の日本側に立った辺りから、人の世だけにある裏切り行為が蔓延りだし、延いては世界戦争にまで発展していくのが常である。
ヨーロッパのルーツであるフランク王国の骨肉の争いに過ぎなかった過去の大戦と今回は明らかに違っていた。
国際連合国側はアメリカを筆頭にイギリスと韓国の所謂三国協商だ。
国際連合脱退側は日本を筆頭にスイスとオーストリアの所謂三国同盟だ。
連合国側の常連フランス、同盟と協商を往ったり復ったりが十八番のイタリアは、今回もまた高見の見物だが、腹の中では連合国側だ。
頑固一徹のドイツは双子の弟であるオーストリアの同盟国側に気持ちは傾いているが、前回の大戦と同じ轍は踏めないと慎重だ。
連合国側のボスであるアメリカの真の敵である肝腎の中国が、同盟国側の中心にいないのがアメリカにとっては不満であるが、安心でもある。
ソ連との冷戦でもアメリカの臆病さが目立ったが、今回も同じだ。
キューバ紛争では、ソ連のフルシチョフ首相はアメリカとの直接対決を決意したが、アメリカのケネディー大統領は最後まで決意できなかった。
歴史は常に勝利者のためにある。
冷戦に勝利したアメリカの指導者は常に勇者であり、敗北したソ連の指導者は常に臆病者だ。
史実は常に敗北者のためにある。
キューバ紛争が引き金になりかけた核戦争を回避したと絶賛されている勇者ケネディーが、愚かなベトナム戦争の引き金を引くだろうか。
世界一の軍事力を常に誇示しなければならないのは、おのれの臆病さの露呈に他ならない。
世界一の軍事力を常に誇示するためには、常に戦争をしておかなければならない。
それがアメリカという国の宿命だとするなら、人類にとってアメリカという国は獅子身中の虫だと言われても仕方あるまい。
臆病なアメリカにとって最も怖い存在が中国であり、その中国が敵方の中心になっていないだけに自信満々だ。
世界の誰が見ても、勝敗の行方は明白だった。
そんな中で、第三次世界大戦の幕が切って降ろされようとしていた。