7.日本帝国主義のやり口

政治の卑小な要諦は、内政に問題があれば外交に目を逸らせ、外交に問題があれば内政に目を向けさせることである。
「内憂外患」
卑小な政治の常態である。
だが、
自然社会の営みを俯瞰すると、「内憂」に実在性があり、「外患」はしょせん「内憂」の不在概念に過ぎないことが一目瞭然である。
冷戦時代に起きたベトナム戦争、アフガン戦争は、西側陣営の盟主アメリカと東側陣営の盟主ソ連が、皮肉にも帝国主義の一番卑劣なやり口によって自滅の憂目に遭った典型的な戦争だった。
だがこんなやり口は今にはじまったわけではない。
近代兵器を揃えた明治日本は、旧式兵器しかない清国を利用して、自ら帝国主義を展開しようとしたのが日清戦争だった。
司馬遼太郎が「坂の上の雲」で、「清国や朝鮮を領有しようとしておこしたものではなく、多分に受身であった」という話はまるででたらめで、ベトナム戦争で分裂したベトナム革命政府からの応援要請を受けてソ連軍が介入したように、アフガン戦争でアフガン革命政府からの応援要請を受けてアメリカ軍が介入したように、李王朝の国王からの応援要請を受けて日本軍が朝鮮半島に介入しようとしたのである。
まさに、
帝国主義政策、すなわち、他国の領土を奪い取るためのやり口に他ならなかったのである。
だが、
当時の李王朝の国王の実父である大院君(テウォングン)は日本側のいいなりにならなかった。
つまり、清国軍攻撃の「公式の要請文」を日本側は手に入れることができなかった。
現在でも多くのソウルの長老たちは、その時の記憶を鮮明に残しているから、いくら戦後の日本政府がアメリカの庇護の下に、「知らぬ、存ぜぬ」フリをしても通用しないのである。
戦後賠償問題は、日本政府が史実を受け入れない限り、イスラエル・パレスチナ問題と同じように、永遠にくすぶり続けることを、我々現代日本人は肝に銘じておかなければならないのである。
それもこれも、「坂の上の雲」で書かれた日本の姿を信じ込まされてきた結果に他ならない。
まさに、
2000万部もの「坂の上の雲」が、1億2000万人の日本人の家庭に置かれている、まるでキリスト教圏社会の家庭に燦然と置かれている聖書のように。
だが、2000万部もの「坂の上の雲」に押し潰された2000万人もの中国、朝鮮、アジアの人々の悲痛な叫びが篭っていることを忘れてはならない。