25.維新の陰に大英帝国あり

明治維新のきっかけをつくったのが、1853年(嘉永6年)7月にやってきたペリーの黒船である。
いわゆる黒船来航であり、それからたった15年で250年以上続いた江戸時代から明治時代に変わったのである。
まさに、
黒船来航はものすごいインパクトであったのだ。
ところが、
黒船来航より20年前に欧米列強の船は日本近海を頻繁に訪れていたのである。
まさに、
黒船来航(1853年)の20年前頃から「おカゲ参り」信仰が拡がった所以である。
「おカゲ参り」は四国阿波(徳島)で発生(1830年3月)、空中から伊勢神宮のお札が降ってきたという噂がきっかけで、大人はもちろん子供までが突然、家を飛び出し、仕事を放りだして、伊勢に向かった。
彼らは親や主人の許しを得ずに、無一文でひたすら伊勢を目差す。
途中の旅費は、道中にある裕福な家が出した。
もしこれを拒めば、家ごと打ち毀しにされるからだ。
続々と伊勢に向かう群集の熱気は、やがて、大坂や奈良、京都にも伝染、米をといでいた娘が、そのまま不意に出かけることも、用事の途中の丁稚が熱気に浮かれて一緒に伊勢に向かうこともあった。
当時としては考えられない、たった一年(1830年)の間に400万の日本人がお伊勢参りをするという異常事態が発生したのである。
このころの日本の人口はおよそ3000万だったから、実に国民の7人に1人が伊勢に向かったことになる。
まさにこのころ、日本近海に外国船が漂着していたからで、その結果の攘夷思想の誕生であったし、現に、徳川御三家の一つ水戸家が生んだ尊王思想学(水戸学)が攘夷思想と繋がった所以も、水戸藩が沿岸にあって外国船の飛来に晒されていたというお家事情があったことも忘れてはならない。
では、
四国阿波からはじまった「おカゲ参り」は、自然発生したというのだろうか?
言うまでもなく、誰かが仕掛けたのである。
まさに、
維新の陰(蔭)の仕掛け人がいたわけだ。
四国阿波(現徳島県)の池田町に「白人神社」という変わった社がある。
その傍に、旧三木家の佇いがある。
歴代天皇の即位式(大嘗祭)の際にまとう荒妙の麻を1000年以上に亘って紡いでいる。
近くの東祖谷村にはまさに昔から白人の外国人が住みついている。
彼らは大英帝国からやってきたという。

「日本人痴呆化に加担した司馬遼太郎」−おわり−