24.維新の陰のドン

坂本龍馬が立ち上げた、今で云うところの総合商社であった亀山社中、後の海援隊の有力なスポンサーに薩摩藩家老の小松帯刀がいたことは、異様な感じがするだけでは済まされない隠れた事情がある。
長州ファイブや薩摩ナインティーンたちが、現代に至っても、まるで売国奴のような行動に映っているのに対して、小松帯刀に対する違和感は殆どないどころか、司馬史観においては、これほど清々しく描かれた人物像は、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝充という、いわゆる維新の三傑を凌ぐもので、現に35才という若さで世を去ったことを、「たられば」の前提で立てば、西郷隆盛、大久保利通の上司であり、彼らを陰に日向に支えた小松帯刀なくして、明治維新は成立しなかったと言っても過言ではない。
更に、
超下級武士である伍代友厚を支えたのも小松帯刀であった。
島津済彬病死の後の薩摩で、実質の薩摩藩主である島津久光の寵愛を受けて若いながら薩摩家老になった人物だ。
下級武士に過ぎなかった西郷や大久保を藩の重要なポストに進言したのも小松である。
再び「たられば」論での今日の日本は、もし小松帯刀が長寿を全うしたら、一体どうなっていただろうか?
興味深いところである。
それほどに、明治維新の陰のドン的存在の背景に大きな力が潜んでいたのである。