21.日本版「007」坂本竜馬

一、さしあげんと申した脇ざしは、まだ大坂の使いがかえり申さずゆえ、わかり申さず。
一、御もたせの短刀は私のよりは、よほどよろしく候。
是はまさしくたしかなるものなり。
然るに大坂より刀とぎかへり候時は、見せ申し候。
一、小弟の長脇ざし御らん成られ度いとのこと、ごらんに入れ候う
    十三日    謹言
陸奥老台
            自然堂 拜

現代語訳では以下である。
一、陸奥にあげようとしている「脇差」は、大坂から使いが帰らないので、いつになるかわからない。
一、陸奥がだれかに持ってこさせた「短刀」は、私があげようとしている「脇差」より、いい品物である。刀の中心(なかご)の質や形も確かだ。
大坂で研いだ刀が返ってきたら、お見せしましょう。
一、私の「長脇差」をごらんになられたいのこと、お見せしましょう。

差出人の「自然堂」(じねんどう)は、龍馬の暗号名(コードネーム)である。
宛名の陸奥とは、その後、伊藤博文政権の外務大臣として、韓国を併合して朝鮮という属国にする謀略を張り巡らした陸奥宗光に他ならない。
坂本龍馬の海援隊にいたが、もともとは紀州出身の陸奥宗光も維新の元勲に一人とされている所以である。
まさに、
朝鮮の犠牲の下の明治日本の勃興と共に栄達をわがものにした人物だが、当時の上司である坂本龍馬が、暗殺される三日前に陸奥宗光宛てに出した訳のわからない書状である。
暗号を使ったスパイ間でやり取りされる連絡文書である。
「脇差」とは「西郷隆盛」を、また「短刀」は英国公使ハリー・パークスのことを指していると言われている。
そうするとこの手紙の正体は?
まさに、
坂本龍馬と陸奥宗光は英国諜報員のオルグとして使い走りをさせられていたことを意味している。
さしずめ、
007のジェームズ・ボンドがトーマス・グラバーであり、その使い走り役の「ミスターQ」が坂本龍馬であり、更にその使い走りが陸奥宗光に他ならなかったのである。
その陸奥宗光が日清戦争でっち上げの功績によって得た伯爵位は、朝鮮1200万人の犠牲の下のものである。
まさに、
1776年のアメリカ独立宣言、1789年のフランス革命、1917年のロシア革命の一環として、「明治維新」は革命という商品を世界に向け輸出する「陰の世界政府」の演出ドラマの一つに過ぎなかったのである。
やはり、
実体は「明治維新(Restoration)」ではなく、「明治革命(Revolution)」であり、真相は「日本革命(Japan Revolution)」であったのだろう。
そして、
司馬遼太郎の「竜馬がゆく」は、イアン・フレミング作「007」のさしずめ日本版であった。
現に、
「龍馬」が本当の名前なのに、なにゆえ司馬遼太郎は「竜馬」にしたのだろうか?
それからもう一つ。
坂本龍馬の名前が日本国中で有名になったのは、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」が1962年6月から1966年5月までサンケイ新聞に連載され、NHKの大河ドラマで放映された1968年(昭和43年)の間からであることを現代日本人は知っていただろうか?
それまでは坂本龍馬など誰も知らなかったのである。
まさに、
「007は殺しの番号(Dr.NO)」で一躍ジェームス・ボンドの名前が世界的に有名になったのが1962年であったように。