2.世界から見た明治日本

明治時代の日本に対する旧来の歴史観では何かが見落されているようだ。
そこで、明治日本を世界から眺めてみると、その正体が見えてくるかもしれない。
従来の明治日本は飽くまで国内(日本独自の)問題としての視点でしか論じておらず、国外(特に欧米列強諸国の立場)からの視点では殆ど論じられていない。
それでは、真の歴史観にとっては片手落ちであることは否めない。
まさに、従来の歴史観が当該支配者による恣意的な欺瞞・詐称に過ぎないことの逆証明に他ならないことが一目瞭然となる。
現に、学校教育で学ぶ歴史(日本史)の作者の視点は悉く日本の当該支配者の立場にあり、当時の欧米列強諸国が日本をどのように見ていたかはまったくと言っていいほど論じられていない。
そこで、前述した中塚明氏著「司馬遼太郎の歴史観」(サブタイトル:その「朝鮮観」と「明治栄光論」を問う)から、戦後、上野動物園にインド象(娘さんのインディラと同じ名の)を寄贈してくれ、親日家としても有名なインドの元ネール首相に関する記事を以下紹介しよう。

アジアの人たちはこの変化をどう見ていたのか(頁No64)
歴史に残るインドの傑出した政治家であったジャワーハルラール・ネールは、イギリスからのインドの独立運動の指導者でした。しばしば投獄されました。そして刑務所のなかで幼い一人娘のインディラの教育のためにと、手紙のかたちで世界の歴史を語りました。
日本でも翻訳され、多くの読者を得ている名著『父が語る世界歴史』がそれです。
その「激動の十九世紀」(みすず書房)に、「日本のばく進」、「日本の勝利」の章があります。
ネールは、日清、日露戦争で勝利した日本をどうみていたのでしょうか。
まず、日清戦争について、
「1894‐5年の中日戦争は、日本にとっては朝飯前の仕事であった。日本の陸海軍が新式だったのに対して、中国のそれは旧式で、老朽化していた。
日本は連戦連勝して、中国にたいして、日本を西洋列強と同等の地位におく条約(下関条約)の締結を強要した。朝鮮の独立は宣言されたが、これは日本の支配をごまかすヴェールにすぎなかった。中国はまた、旅順港をふくむ遼東半島、台湾、および若干のほかの諸島の割譲を迫られた」

ついで日露戦争における日本の勝利について、
「日本のロシアにたいする勝利がどれほどアジアの諸国民をよろこばせ、こおどりさせたかを、われわれはみた。
ところが、その直後の成果は、少数の侵略的帝国主義諸国のグループに、もう一国をつけくわえたにすぎなかった。そのにがい結果を、まず最初になめたのは、朝鮮であった。日本の勃興は、朝鮮の没落を意味した」

司馬遼太郎が「坂の上の雲」で主張する「栄光の明治」も世界から見たら、こんな風に思われていたのである。