18.真実の歴史(事実を知り、認める勇気)

「坂の上の雲」につぎのような文章があります。
「この時代の日本人ほど、国際社会というものに対していじらしい民族は世界史上なかったであろう。十数年前に近代国家を誕生させ国際社会の仲間入りをしたが、欧米の各国がこのアジアの新国家を目して野蛮国とみることを異常におそれた。さらには幕末からつづいている不平等条約を改正してもらうにはことさらに文明国であることを誇示せねばならなかった。文明というのは国家として国際信義と国際法をまもることだと思い、その意思統一のもとに、陸海軍の士官養成学校ではいかなる国のそれよりも国際法学習に時間を割かせた」
こういう話は、国際法の学界はもとより、日本で一般的によく言われることです。前に紹介した日露戦争のころには、武士道の倫理が生きていた、というような話も、同列のものです。
NHKスペシャル「坂の上の雲」では、第一回が「少年の国」で、その解説によれば、“260年続いた幕藩体制を倒して、日本には「明治」近代国家が誕生した。その国は、帝国主義まっただ中の西欧列強という「大人」たちに囲まれた「少年の国」であった・・・”と書かれています。
ここでおもしろい史料を紹介しましょう。
日本の軍事史に詳しい斎藤聖二さん(茨城キリスト教大学文学部)が、防衛省防衛研究所図書館で見つけて、私に教えてくれたものです。
“敵の軍艦をあざむくために旗をかかげてすすみ、折りをみて自国の軍艦旗に取り換え砲撃を開始するというのは、いまもなお国際法の上では認められているとのことである。注意までに申し送る”
いよいよ日清戦争をはじめるという直前に、海軍省の主事、山本権兵衛から常備艦隊参謀長にあてた電報の案文です。
これは戦時国際法にいうところの「奇計」なのです。
山本権兵衛主事が開戦直前に、この電報を打ったのは、敵の軍艦もその手を使うかもしれないから、注意しろ、ということであったのかもしれません。しかし、国際法上、いまでも認められているのだと、わざわざ電報を打ったのですから、日本の軍艦もこの手が使えるぞ、という日本海軍中央の意志を含んでいたのも当然のことです。
防衛研究所図書館には、日清戦争当時の日本海軍のマル秘の戦史『秘二十七八年海戦史』があります。
私は日清戦争のときの威海衛の戦いを調べるために、このマル秘海戦史の第四編/山東役を読んだことがあります。
そのとき山東半島に陸軍を上陸させるのにどこが適当か、事前に軍艦を派遣して偵察した記事がありました。
それによりますと、「われわれの偵察行動を敵が察知しないように、とくに外国の軍艦旗をかかげた。12月8日と9日はアメリカの軍艦旗、翌日10日はイギリスの軍艦旗をかかげること」とあり、そのほかにも実際にイギリスの軍艦旗をかかげて行動した記事がありました。
・・・・。
山本権兵衛の電報を文字通り読むと、ここまで突っ込んでの戦時国際法の知識は、日本海軍の幹部養成の中では教えられていなかったということになります。
海軍省の主事であった山本権兵衛も、日清戦争開戦を前にして、おそらくお雇い外国人からの忠告として聞き、実践部隊に通告したということなのでしょう。
こういう「海賊的な交戦規定」も含んだ「先進欧米諸国」間の戦時国際法を、おくれてこの世界に追いつこうとした日本は、中国を相手にする戦争と、朝鮮での国際的には公言できない武力行使や抗日をたたかう民衆の武力弾圧などの戦闘を重ねながら、身につけ実践してわがものにしていったのでしょう。
この山本の電報といい、山東半島上陸地の偵察行動といい、「先進欧米諸国」間でおこなわれていた戦時国際法の実践的理解は、日本軍の日清戦争遂行を通じて一段と深まったことは間違いありません。
これが、おくれて列強の仲間に入ろうとしていた明治日本の姿でもありました。それを「列強という大人」に囲まれた、あたかもうぶであどけない子どものように描きだすのは自己欺瞞以外の何者でもありません。(『司馬遼太郎の歴史観』より抜粋)