15.明治の「征韓論」検証(その二)

もう一点、最後の第五の主張を紹介しておきます。
「第五、朝鮮にことを起こして、人心をふるいたたせ、日本の文明を進めようというものがいる。もっともな言い分のようだが、朝鮮に出ていってこれを試みるというのは、考え違いもはなはだしい。前にもいったが、目前の強敵を避けるのは卑怯である。なにも問題のない弱国を伐つのは不義である。それだけではない。ことさらに事件を起こし、彼我の人命を犠牲にし、金銭や穀物を使い、その費やす財貨は、ことごとく外国のずるがしこい商人の手に入り、われわれの苦しみはただわるがしこい商人を助けるだけではないか。朝鮮の人心はあつく信義を好みかたく条理を守り、気質はアジアの国々で最も美しいと聞いている。いまだかつて外国のわるがしこい誘いに応ぜず、すぐれた品性の変わらない美人に似ているというではないか。美人は常に人に愛される。にもかかわらず、どうしてこの国がひどい目にあわされるのか。ああ、嘆き悲しむ」
私は日本の近代史にこういう主張があったことを誇りに思います。
・・・・・。
朝鮮から日本が攻撃されているわけでもないのに、ロシアを避けるために朝鮮を伐つのは不義だというのですが、私はこの田山正中の主張で一番すぐれていて、現在、私たちがもっとも胸に問わないといけないのは、第二の主張だと思います。
日本が朝鮮を攻略することはできるかもしれない、しかし、かりにそうできたところで、朝鮮の人心が日本につきしたがうことはあり得るだろうか。そんなことはあり得ない。むしろ「まわりは全部、日本の敵」になってしまう。抗日の動きがかならずあらわれる。
こういっているのです。これは、朝鮮の民族的自主性を見そこなってきた明治以後、そして今日にいたるまでの日本人にとって、いちばん耳をかたむけなければならない主張ではないか、と思っています。
日清戦争以後、そして日露戦争、「韓国併合」以後、まさにこの田山正中の主張のように、日本と朝鮮の関係は動いていったのではないでしょうか。(『司馬遼太郎の歴史観』より抜粋)