13.明治の「征韓論」検証の必要性

司馬遼太郎は『坂の上の雲』で、朝鮮半島を日本以外の第三国(とりわけロシア)が支配したら、日本の安全は保てない、しかも、朝鮮には自主的に自分の国をまもる力がない、だから日本が朝鮮の「独立」のために、朝鮮をうかがう外国の勢力を排除するためにたたかうのだ、日露戦争はロシアの脅威から日本の安全をまもるための「祖国防衛戦争」だったと、くりかえしています。
こういう議論は、幕末以来、日本ではさまざまな人によって、また新聞などでしょっちゅう主張されてきたものです。日露戦争当時、そう思っていた日本人もたくさんいたことは事実です。
しかし、こういう議論には、二つの問題点があります。それを問いたださなければなりません。
第一は、日本が朝鮮を勢力下におかないと、朝鮮は外国の支配のもとにおかれてしまう、とくに日露戦争当時、ロシアは朝鮮を自分の植民地にしようとしていた−というのは、ホントなのか、という問題です。これはロシアの東アジア政策の研究にもとづいて明らかにされる必要があります。
第二は、ロシアが朝鮮を支配しないようにするために、先手をうって、日本が朝鮮を征服してしまおうという議論です。こんな主張がはたしてうまくいくのか、現実的な政策として妥当性があるのか、ということを問わねばなりません。この道がはたして妥当であったのかどうかは、幕末の吉田松陰らから始まって、明治初年の「征韓論」、そして、江華島事件をひきおこした日本のおもわく、そして実際に1910年の「韓国併合」、さらに1945年の日本の敗戦にいたる道について、いいかえれば明治日本の朝鮮政策とその実行の歴史にさかのぼっての全面的な問いかけが必要です。(『司馬遼太郎の歴史観』より抜粋)