第五章 平成の"お陰参り"

260年続いた江戸幕府の威厳も世界の潮流に抗えなかった。
ペリーの黒船到来(1853年)が鎖国日本の扉を開いたというのは真っ赤な嘘だ。
それ以前にも日本沿海に外国船がひっきりなしに到来していた。
ペリー(当時のアメリカ)の日本への真の要求は、当時のアメリカが西太平洋での捕鯨のための寄港地が必要だったからだ。
それが今頃になって日本に捕鯨反対などと厚顔無恥も甚だしい。
1830年3月に阿波(現在の徳島)でお伊勢さんの札が舞いおりてきたという噂が拡がり、この年の一年間で400万人(当時の日本の人口は3000万だから、日本人の7人に1人)のお伊勢参りが起こった。
お上の許可なく藩外に出られない当時では、まさに、革命騒ぎだった。
彼らは無一文で伊勢参りするが、道中の裕福な家がおカネを寄付した、そうしないと、暴動が起こって家を打ち壊されるからだ。
いわゆる"お陰参り"である。
"ええじゃないか、ええじゃないか。
開門へ紙はれ、破れたらまたはれ。
ええじゃないか、ええじゃないか。"
明治維新の真の功労者は阿呆躍り(阿波踊り)だった。
平成維新も阿呆躍り(阿波踊り)からはじめよう!