(その九)暗闇と沈黙の火花

「はじめまして。藤堂頼賢です」
「・・・・・・・・・・・・・」
目に見えない熱い視線が火花を散らしている。
「春若を身受けしたいのですが・・・」
藤堂頼賢が遂に口火を切った。
「うちを恵美子の母親と承知しての申し入れどすか?」
「それとも、春若の女将と知っての申し入れどすか?」
藤堂頼賢の申し入れに対して、倫子は相手の肝の座り方を計る強烈なクロスカウンターを繰り込んだ。
下手をすれば、自分が逆に倍加されたカウンターを食らうことになる。
それがクロスカウンターの両刃の剣の本領であり、自己を滅する覚悟がなければ打ち出せない技である。
『藤堂高順の息子と聡の器量の差が、うちのこれからの運命を決定付けるはず・・・聡の器量は・・・』
倫子にとって息子の聡は手の平の上にあり、藤堂頼賢は推し測ることは不可能だったが、その絶好の機会をいま掴んだのである。
倫子は藤堂頼賢を凝視して、彼の反応を待った。
「だから、春若を身受けしたいと言ったのですが・・・」
藤堂頼賢は落ち着きはらって応酬した。
飽くまで客と芸妓の関係を崩さない姿勢を貫く藤堂頼賢に、倫子は戦慄を覚えた。
『これが二十代の青年なんやろか?』
相手の手の内に決して嵌らず対応する老獪さに倫子は舌を巻いたが、可愛くもあった。
「そうどすか、わかりおした」
「春若の女将の立場としては、よろしおっせ」
輪違屋の女将増絵の代理を何十年にも渡って勤めてきた倫子は、藤堂頼賢の返答に咄嗟に対応したのである。
「・・・・・・・・・・・・」
一瞬、恵美子の母親としての立場を表明したかったが、その想いを呑み込んだ。
『バチッ!』
その瞬間(とき)、暗闇と沈黙の火花が散った。