(その九)運命の夜

その夜、芸妓花若は中村屋の座敷に呼ばれていた。
常連の藤堂高順の座敷であったことは重々承知していたが、まさか、他にも客がいるとは思ってもいなかった。
藤堂高順はいつも一人で来るからだ。
ところが、その夜は別の男が上座に座り、藤堂高順は下座に座っていたのである。
藤堂家は言わずと知れた、安土・桃山時代から江戸時代前期で、織田信長によって滅ぼされた浅井長政、豊臣秀吉の実弟、羽柴秀長らに仕え、秀吉に召された伊勢・伊賀32万石、宇和島藩主の大名であり、藤堂伊賀で有名な伊賀焼きには、有名な茶器が多いが、寛永年間(1624〜1644)、三代将軍、徳川家光の治世下、伊勢津藩主、藤堂高次の時代に完成されたものである。
服部半蔵はその時大活躍した伊賀忍者だが、その高祖が藤堂高虎だ。
豊臣秀吉の時代に伏見に拠点を置くことになるが、稀代の盗賊、石川五右衛門の血をもそのとき引き継ぐことになる。
石川五右衛門が釜茹の刑に処せられた際に救い出された子供は、秀吉の追及から身を隠すため、藤堂順春(よりはる)と改名され、以降、藤堂家は伏見の守り神として、人々から敬われるようになっていく。
藤堂頼賢の名が「よりかた」で呼ばれる所以がここから来ている。
そんな名家の当主である藤堂高順が下座に座っているのである。
『一体、このお方はどれだけ偉いんやろ?』
上座に座っている男を、花若はまじまじと見つめた。
『花若太夫は、畑さんを気に入ったようだな?』
藤堂高順が男の方を見ながら言った。
『まさか?』
勘の鋭い花若は脳裏にある想いが走った。
そして、その2時間後、
従五位花若太夫は、この男の腕に抱かれていたのである。
実は、花若太夫として祇園の花街を仕切っていた頃の「旦はん」が藤堂高順だったのである。
藤堂高順は、芸妓の頂点まで上りつめた花若太夫の豊かな才能を、堅気の世界で開花させるため、敢えて、身を引いて、畑正三に引き渡した。
花若太夫も、藤堂高順の誠実な想いを理解して、敢えて、我が身を畑正三に委ねたのである。
お互いに充分承知した上の話だった。
『藤堂高順の息子が、目の前にいる・・・』
倫子の目には涙が溢れていたのを、藤堂頼賢が見逃すわけがなかった。