(その九)戦いに疲れる日

“われわれは神に感謝する。
われわれに
日本という
尊い国をつくっておいてくれたことを・・・”
これは1922年の話だ。
だが、それから22年後の1945年8月6日に、つくっておいてくれた尊い国が破壊されたのである。
結果的には、広島、長崎に原爆は投下されたが、大阪も、新潟も投下予定地の一つに入っていた上に、世界的歴史都市、京都まで候補に上がっていたのである。
アメリカ国民は、日本にこれ以上戦争をさせないためには、原爆投下しかなかったと信じ込まされてきて、人間にあるまじき暴挙を自ら正当化してきたが、それなら、なぜ、世界的歴史都市まで破壊する計画を立てていたのか、弁明でき得る者は誰ひとりいないだろう。
独裁者ムッソリーニ率いるイタリアには、世界に24億いるキリスト教徒の心の故郷ローマがあるが、アメリカはローマに原爆を投下するなど絶対しなかっただろう。
東ローマ帝国の首都であったと同時に、アラブ社会の誇り、オスマントルコ帝国の首都でもあったコンスタンチノープル(イスタンブール)に、アメリカは原爆を投下するなど絶対しなかっただろう。
日本への原爆投下は、あきらかに、最初からの狙いだったのである。
ではなぜ?
“われわれは神に感謝する。
われわれに
日本という
尊い国をつくっておいてくれたことを・・・”
というメッセージの逆実現にあったことは言うまでもない。
では、2008年9月15日に起こったリーマン・ブラザースの破綻劇は、一体何を意味しているのであろうか。
メッセージの逆実現なら、これから起こり得ることとは、一体何であるのだろうか。
その問いに対する答えのヒントが、今年の鴨川をどりで、恵美子が演じた「日本誕生」の舞踊劇にあったことに気づいている者は、誰もいなかったのだが、明るみに出される日が刻々と近づいている。