(その九)最後の戦い

アインシュタインが日本から世界にメッセージを発信したのは1922年である。
だが、アインシュタインの末路は悲劇的なものであったことを知る者は少ない。
アドルフ・ヒットラーのポーランド侵攻によって勃発した第二次世界大戦がきっかけで、アメリカに亡命し、コロンビア大学に招かれた彼が、アメリカ大統領、フランクリン・ルーズベルトに原爆の開発を進言したのは、対ナチス・ドイツが目的であったのに、急死したフランクリン・ルーズベルトの跡を継いだハリー・トルーマンは日本に原爆を投下した。
衝撃を受けたアインシュタインは、それから10年後の1955年に66才で死去した。
失意の晩年だったのである。
科学者としての究極の名誉を得た人間にしては、あまりにも悲惨な最後であった。
その訳は、彼が日本から発信したメッセージを踏み潰されてしまったことにあることは云うまでもない。
特に、最後の件に如実に表われている。
“われわれは神に感謝する。
われわれに
日本という
尊い国をつくっておいてくれたことを・・・”
そして、
“最後の戦いに疲れる時がくる”
とは、
2008年9月15日、リーマン・ブラザースという会社が消滅したことに端を発する、2008年世界大恐慌に他ならないのである。