(その九)国替えの主役

日本という国の入れ替えをした張本人が明治天皇その人であったことを、日本人は誰も知らない。
それでも幾許かの人間は、その事実を知っていた。
彼らの大半は京の人間であるが、その事実に対して徹底して口を噤んでいた。
その代弁者が鴨川おどりを引き継ぐ先斗町の芸妓たちであり、その頂点に従五位太夫がいる。
恵美子は太夫でもなく、況してや、従五位太夫にもなっていない身で、今年の鴨川をどりの舞踊劇の座長を張ったのである。
母親の倫子が嘗て張った大役を娘の恵美子が何故引き継ぐことができたのか、先斗町のみならず、祇園でも、清水でも、朱雀野でも話題になった。
朱雀野の輪違屋の女将である増絵のところには、京都中の置屋から、問い合わせが殺到した。
増絵は、あの時のことを思い出していた。
「太夫は、どう言わはるやろ?」
増絵にとっては、倫子は今でも太夫なのである。
倫子が花若太夫という名で座敷に出ていたからだ。
恵美子の芸名が春若とつけられたのも、母親である倫子が花若太夫と呼ばれたからだ。
太夫の前につけられる名は「源氏名」と呼ばれ、征夷大将軍に「源氏名」が必ずつけられるのと同じ為来りなのである。
島原は遊郭ではない。
歌舞練場があり、和歌俳諧等の文芸活動があるといった、文化レベルの高い花街であって、島原に彩りを添える主役が太夫であった。
太夫は置屋に所属し、揚屋に派遣されるが、従五位の位を持つほどの格式と教養に長けた芸妓の最高位である。
女将の増絵は倫子に気遣った。
「うち、しばらく家に帰りとうないんどす」
以前の恵美子なら、自分の心の内を言わなかっただろう。
喧嘩騒動のお陰で、彼女の中に大きな変化が起ころうとしているようだ。
増絵は、倫子と正三のことを思い出した。
『同じことの繰り返しどすなぁ・・・花若太夫はん!』
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「うち、なんにも知りまへん、へえ!」
決意のほどを婉曲に表現した増絵だが、江戸の仕草を知っていても、誰も京都の仕草を知らない。
京の町は1200年経っても、何も変わらない町なのである。