(その九)復活の日

恵美子(花若)が都をどりで日本誕生の物語を踊り演じたとき、132年ぶりに真の日本の姿が再び2668年前の形で現われようとしていた。
まさに、アインシュタインのメッセージが実現しようとしていた。
2668年前の形とは紀元節のことではなかったのだ。
紀元節とは、1872年(明治5年)に初代神武天皇即位の日を設定したものだが、第二次世界大戦後廃止された。
ところが、1966年(昭和41年)に「建国記念日」という名で復活したものである。
ところが、世界では衝撃的な事件がこの年に起こっていた。
第三次中東戦争である。
それまでの中東戦争は、アラブ側からの仕掛けであったのに対して、第三次中東戦争は、イスラエル側からの電撃攻撃であった。
六日間戦争と言われる所以である。
この戦争の結果として、イスラエルはガザ地区とヨルダン川西岸地区の支配権を獲得してパレスチナを統一、シナイ半島とゴラン高原を軍事占領下に置いた。
戦争の結果は現在まで中東の地政学に影響している。
第一次中東戦争によってパレスチナの大部分はイスラエルが獲得していたが、聖地エルサレムの東半分を含めた地域はヨルダンが保持しており、ユダヤ教の巡礼が行えないなどユダヤ教右派を中心に不満が高まっていた。
一方アラブ側では、1964年にヨルダンのアンマンを本部としたパレスチナ解放機構(PLO)が結成され、イスラエルに対するゲリラ闘争を行っていた。
1966年2月、シリアでクーデターが発生し、PLO支持のアタシ政権が樹立すると、国内の混乱も収まらないうちにゴラン高原からイスラエル領内へ砲撃を加え始めた。
そして、同じ1966年(昭和41年)2月11日に日本で「建国記念日」が復活したのである。