(その九)最終幕

「恵美子はもう・・・・!」
「春若は輪違屋にいます!」
倫子の言葉に藤堂頼賢が逆切れした。
「それでは、恵美子さんと結婚したいと言った意味がないじゃないですか!」
紅潮した藤堂頼賢の顔が蒼ざめていく。
「だから春若を身受けしたいのですが・・・と最初に言ったのですが・・・!」
鹿ヶ谷哲夫もさすがに倫子の豹変ぶりに閉口した。
「あなたも、花若太夫とまで言われたお方でしょう?」
倫子が四面楚歌という中国の故事を知っていたかどうか定かではないが、項羽が劉邦の軍に囲まれた心境と同じであることは確かだった。
倫子は何も喜んで敵の陣中に乗り込んだのではなかった。
彼女の背後にいた夫の畑正三の意図が働いているから仕方のないことだった。
更に、畑正三の背後には三十三段階の階層を持った謎の目が、倫子をも直接監視しているのである。
「自分の子供を犠牲にしてまで、世界の陰謀の片棒を担がなければならないのですか?」
言ってはいけない台詞を、藤堂頼賢は遂に吐いてしまった。
花若太夫と畑正三の馴れ初めから起こった事が、祇園と先斗町の花街を巻き込みながら、延いては、封印されていた京都御所の謎まで公に晒さなければならない事態に拡大してしまったのである。
倫子の全身が恐怖で震えていた。
遂に、鴨川をどりの最終幕が切って下ろされたのである。