(その九)愛憎の対消滅

倫子の心の中では、恵美子は既にこの世にはいなかったから、無言で表情が曇ったのである。
「・・・・・・・・・・・」
鹿ヶ谷哲夫がこんどは躊躇らっていたが、逆に藤堂頼賢は落ち着いた様子に見えた。
自分という唯一の実存にとって、他者は悉く映像に過ぎず、愛する人間でも、しょせんは、映像に過ぎないところに、人間に与えられた真理がある。
まさに、人間に与えられた真理だ。
他の生きものには与えられなかった真理だ。
愛する者と愛される者とはいつか必ず対消滅する機会がやってくる。
愛する者と愛される者とは補完関係にあるのではなく、二律背反関係にある証明だ。
愛憎二元は表裏一体の補完関係ではなく、二枚のコインの衝突なのであり、二律背反関係に他ならない。
だから、対消滅するのである。
セックスの極致のオルガスムに達すると、お互いの自我意識、つまり、“自分は”という意識が消滅するのは、まさに、対消滅現象に他ならず、二人は愛憎二律背反関係にあることを立証しているのである。
藤堂頼賢は、恵美子との間で対消滅現象を体験していたから、落ち着きはらっていたのだ。