(その八)暦のトリック

日本の歴史の謎、その謎を解く鍵が祇園祭の中にあるというのだ。
明治以後、祇園祭は7月17日から24日までとなり、「大文字の火」も8月16日と改められた。
いわゆる旧暦から新暦への改定である。
それまでの旧暦は太陰太陽暦、つまり、月と太陽と地球の相対運動によって決められる暦のことだ。
一方新暦は太陽暦、つまり、太陽と地球の相対運動によって決められる暦のことである。
明治5年(1872年)12月3日を明治6年1月1日としたのだ。
1872年12月2日までの日本と、1872年12月3日までの日本ではまったく違う国だというわけである。
では、1872年12月3日、つまり、明治5年12月3日であり、且つ、明治6年1月1日とは一体どんな日であるのか。
大日本帝国憲法、いわゆる、明治憲法が制定された日であり、日本という国が親政になった日である。
第九十六代後醍醐天皇が目指した建武の親政以来、500年の歳月を掛けてやっと実現したのだ。
そして、日本という国は変わった。
明治維新とは一体何であったのか。
歴史に冠たる無血革命であったと、我々日本人は教えられてきたが、一体何のための革命であったのか。
江戸時代までは3000万人程度の人口を維持し続けてきた日本が、明治以降増え続け、1億3000万人までに達したのに高々100年しか掛かっていない。
20世紀の人口推移は16億から63億に達したのだから、日本の人口推移はさして異常ではないと一見思われるが、先進国ではあり得ない現象だったことを見逃してはならない。
20世紀からはじまった人口の異常急増は、すべて、未開発国、乃至は、開発途上国での現象だからだ。
アメリカという国が誕生したのは1776年である。
新しい日本という国が誕生したのは1872年なのである。
そして、その首都が東京なのである。